最後尾の世界記録
崩落する空中橋を、風見野アラタは片脚の案内人を背負って走っていた。
《団体タイムアタック》
最後に登録走者がゴールした時点を、完走時間とします。
登録走者:2名。
「そいつを登録解除しろ!」
先を走る攻略隊が叫ぶ。NPC案内人グレイを外せば、アラタ一人が門をくぐった瞬間に計測は止まる。上位組は皆、足の遅い護衛対象を途中で解除し、個人記録を縮めていた。
グレイの胸には古い計測札が下がっている。
《同行者札》
登録解除された者は、競技区域の保護対象外となります。
橋の後方が白い虚無へ崩れる。解除すればグレイは速度低下の重荷ではなくなる。代わりに、世界と一緒に消える。
「降ろせ。君まで記録を失う」
グレイが言った。
アラタは返事をせず、彼を背負い直した。前方の門まで百メートル。残り時間は二十秒。世界記録には到底届かない。
攻略隊の最後の一人が門を抜け、歓声を上げる。その直後、足場が砕け、グレイの杖が落ちた。アラタは立ち止まり、拾う。計測時間がさらに伸びる。
「なぜそこまで」
「最後尾がゴールするまでが、団体戦なんだろ」
残り一秒。アラタはグレイを門へ投げ、自分も崩れる床を蹴った。
二人が転がり込んだ瞬間、計測は《12分48秒》で止まる。最速記録は三分台。失格同然だった。
だが門の外では、登録解除された案内人たちの名前が灰色に消えていた。完走者として残ったNPCはグレイ一人だけ。
ランキング画面が反転し、順位の基準が《所要時間》から《全登録者生存率》へ書き換わる。
《世界記録を更新しました》
《完走時間:12分48秒/生存率:100%》
門の内側では、三分台を出した攻略者たちが順位表の前で固まっていた。彼らの記録には《登録走者一名/未帰還者十七名》と赤字がついている。
グレイはアラタの背から降り、自分の計測札を握った。
「私は足が遅いのではなく、皆さんが速さの外へ置いた時間を歩いていたのですね」
橋の向こうで消えた案内人たちの名が、未帰還者欄へ一人ずつ現れる。アラタの十二分は長かった。だがその時間には、杖を拾った一秒も、誰かを背負った重さも含まれていた。
《本競技の正式名称を表示します――タイムアタックではなく、最後尾までを救う避難訓練》