朝七時の窓際

駅前の喫茶店「リラ」は、商店街のシャッターが半分も上がらないうちに灯りをつける。

佳澄は毎週火曜、開店と同時に入り、窓際の二人席に座った。注文は深煎りとバタートースト。マスターの荻野はもう聞かない。濃紺のカップを置き、パンを厚めに切る。

窓の向こうを、ランドセルの子どもたちが黄色い帽子を揺らして通る。昔は佳澄も、その列の最後尾にいた。母がここで働いていて、遅刻しそうな朝には裏口から牛乳を一杯飲ませてもらった。

「今日は冷えますね」

荻野がストーブの芯を少し上げた。灯油の匂いに、豆を挽く乾いた香りが重なる。

佳澄は手帳を開いた。午後の会議、締切、返信。書くほどに一日が窮屈になっていく。そこへトーストが来た。表面の四角い切れ目にバターが沈み、端から透明な金色がにじんでいる。

ひと口かじると、上顎が少し熱かった。

「急ぐと、いつもそうなりますよ」

荻野が笑う。母にも同じことを言われた記憶がある。佳澄はパンを皿へ戻し、今度はコーヒーを両手で包んだ。

店の柱時計が七時十五分を打つ。いつもなら席を立つ時刻だった。けれど今日は、手帳の九時の予定に一本線を引いた。欠かせないと思っていた会議は、考えてみれば自分がいなくても進む。

「おかわり、いただけますか」

荻野は驚かず、空のカップを持ち上げた。

新しい一杯が注がれる間、東から来た光が窓の曇りをゆっくり溶かした。ガラスの向こうでは、店々のシャッターが一枚ずつ音を立てて上がっていく。佳澄は手袋を外したまま、二杯目の湯気に顔を近づけた。

世界が始まるのを待つ時間は、思っていたより温かかった。

二杯目を飲み終える頃、荻野が空いた皿を下げた。テーブルにはバターの光るパン屑が一つ残っている。佳澄は指先でそれを拾い、口へ運んだ。柱時計は七時四十分。遅れた朝ではなく、自分で長くした朝だと思うと、針の音までのんびり聞こえた。