朝食は七分

鵜飼重陽は毎朝、駅の売店で卵サンドを寿命払いにする。価格は七分。端末へ親指を置くと、手首の残量が「五十六年と百十一日」から七分だけ減り、レシートに《おいしい時間を》と印字される。

現金より早い。それだけの理由で、二十二歳から使っていた。

その朝、決済直後に家族口座から通知が来た。

《大学授業料・最終回分を精算しました》

《支払者:鵜飼都久乃》

《支払寿命:十一年二百三日》

重陽はホームへ向かう足を止めた。母が学費を払ってくれていたのは知っている。だが、毎月の振込だと思っていた。

電話をかける。

「母さん、今の通知、何」

『もう出勤したの?』

「十一年って何だよ」

沈黙のあと、母は小さく笑った。

『銀行より、金利が安かったから』

寿命決済は、本人の生体承認が終わった時点で取り消せない。それが唯一の規則だった。重陽は売店へ戻り、サンドイッチを突き返した。

「これ返す。七分も返して」

店員は困った顔でレシートを指した。

《寿命による支払いは返金対象外です》

重陽は大学の会計窓口へ連絡した。授業料を現金で払い直すと言った。卒業して三年、口座には十一年分を買えるだけの貯金などない。それでもローンを組む、家を売る、と入力し続けた。

返信は一行だった。

《精算済みです》

母の残量表示を開く。家族共有を許可されていたのは、血圧と歩数だけだった。寿命欄は初めて見る。

《残り:十八分》

重陽は改札を飛び越え、警報を背に走った。

母のアパートまで十五分。エレベーターを待てず、階段を上る。扉は開いていた。都久乃は台所で、二人分の味噌汁をよそっていた。

「おかえり。朝ごはん、まだでしょう」

「何で言わなかった」

「言ったら、大学やめたでしょ」

残り三分。

重陽は自分の寿命を送る画面を開いた。金額欄へ「十一年二百三日」と入れる。

《受取人は、精算済み寿命の買戻し対象になれません》

母は彼の手から端末を伏せた。

「ちゃんと卒業したから、無駄じゃないよ」

残り一分。

重陽は母を抱きしめた。ポケットの卵サンドが潰れ、包装の中で黄色い具がはみ出す。

《残り:〇分》

都久乃の腕が静かに落ちた。

端末は、重陽の朝食代も同時に更新した。

《本日の支払寿命:七分》

母が売った十一年の横で、その七分だけが、どうしようもなく高く見えた。