杖先の小さな月
雪嶺ホテルの支配人室で、地下酒庫の鍵が消えた。銀盆の中央に置かれていた鉄製の鍵は、八秒の停電が終わると跡形もなかった。扉は内側から施錠され、窓の外は新雪で足跡一つない。室内にいたのは、支配人の萩室と三人の相続候補だけだった。
容疑者は、総支配人代理の鷺沼、料理長の薬袋、引退した山岳案内人の鴫原。鍵があれば、酒庫に保管された創業者の遺言書を先に読める。三人はその場で上着も靴も調べられたが、鍵は出なかった。鷺沼は壁際、薬袋は暖炉の前、鴫原は銀盆のそばに杖をついていた。
停電は自家発電への切替で、誰かが意図して起こしたものではなかった。それだけに三人は互いを疑い、鷺沼は遺言の公開を急げと迫り、薬袋は酒庫を今すぐ封鎖すべきだと叫んだ。鴫原だけは椅子に座ったまま、杖を膝へ横たえて「老いぼれに八秒で何ができる」と穏やかに言った。
私が残した手掛かりは三つだけだった。第一に、鍵は黄銅色に塗られているが芯は鉄で、磁石に強く付いた。第二に、銀盆には鍵の輪と同じ幅の半円形の擦り傷があり、その先は卓の縁へ続いていた。第三に、鴫原の杖の石突きは埃を一粒も付けず、紙留めを近づけると吸い寄せた。
「杖は雪道用の交換式だ」と鴫原は笑った。しかし石突きのフェルトをめくると、丸い磁石が埋め込まれていた。鍵は見当たらない。杖の内部も空洞ではないと彼は主張した。
私は杖を逆さにし、石突きをひねった。磁石の裏から、黄銅色の輪が月のように現れた。「停電中、あなたは杖先を銀盆へ滑らせ、鉄の鍵を吸い上げた。半円の傷は引き寄せられた跡です。鍵は衣服ではなく、磁石と石突きの間に張り付いていた。鷺沼は遠すぎ、薬袋の位置からは盆へ届かない。杖を盆のそばに置き、磁石を隠せた鴫原さんだけが、この八秒の消失を起こせます」停電は鍵を運ぶ力ではなく、杖先を盆へ寄せる動作を隠す幕にすぎません。読み返せば、鍵に触れず遠くから引き寄せられる長い道具を持っていた者は、最初から一人だけでした。