来月の三号車
名古屋駅の新幹線ホームで会うようになって、十一か月が過ぎた。
東京で雑誌を作る九重史帆と、大阪で父親の町工場を継いだ野々瀬景介。どちらかの街まで行けば一泊できるのに、二人はいつも真ん中で会い、昼食を食べ、映画を一本観て、別々の方角へ帰った。
恋人と呼ばないほうが、移動距離は軽くなる気がしていた。
待ち合わせは十一時、昼はきしめん、帰りに同じ売店で小倉サンドを買う。決めたことは何もないのに、二人の一日は時刻表のように正確だった。だから一度崩れれば、次の便はもう来ないようにも思えた。
その夜、東京行きの最終列車まで十二分だった。売店はシャッターを半分下ろし、ホームの風が紙袋を鳴らしていた。
「来月、工場の設備更新がある」
景介が言った。
「うん」
「しばらく日曜も出るかもしれない」
「大丈夫」
口にしてから、史帆は笑った。別れるときには便利な言葉だった。
景介は笑わなかった。
「それって、何が平気なの?」
逃げ場のない質問だった。後ろには線路、前には彼。発車案内があと十分に変わる。
「会えなくても。仕事なら仕方ないし」
「史帆はいつもそう言う」
「だって、工場を投げて東京へ来てなんて言えないよ」
それが、好きと言えない理由の全部だった。景介が父親から受け取った油の匂いも、従業員の名前も、彼が守ろうとしているものも知っている。自分のために捨てさせたくなかった。
「俺も、仕事を辞めて大阪へ来いとは言えない」
東京行きが滑り込んできた。続いて大阪行きの案内も流れる。
「じゃあ、これまで通りだね」
「大丈夫?」
二度目の問いに、史帆は切符を握り直した。
「うん」
扉が開き、乗客が吸い込まれていく。景介は何も言わず、史帆の背後にある乗車口を見た。
残り一分になって、史帆はようやくスマートフォンを開いた。
「大丈夫じゃないから、来月も会う」
予約画面で、四週間後の名古屋行きを選ぶ。いつもの三号車、窓側。隣の席も空いていた。
史帆はそこまで選んで、景介に画面を向けた。
東京行きの扉が閉まる直前、彼も自分の端末を取り出した。