棚を空ける日の栞

旧百貨店の一階にできた〈百日書房〉は、その名のとおり百日で閉まる。

柿木田依里は各地の空き店舗を巡る企画担当、瀬良垣透史は町に残る最後の製本職人だった。

依里が選んだ本を透史が修理し、売れ残った本は閉店後、町の図書室へ寄贈する。

開店七日目、透史が昼食のパンを二つ買ってきた。

二十一日目、依里が彼の工房へ合鍵を置いた。

三十四日目、二人は閉店まで恋人でいようと決めた。

「どうして期限をつけるの」

透史が訊く。

「百一日目の話を始めたら、店にいる今日が仮住まいになるから」

「もう仮店舗だけど」

「恋まで仮にしないためです」

二人は閉店後、棚の間で夕食を食べた。

売れた本の跡へ小さな紙を貼り、そこに客の感想を書いた。

喧嘩をすると、互いにお薦めしたい本を一冊ずつ交換した。読み終える頃には、だいたい仲直りできた。

九十日目、依里に次の辞令が届いた。

今度は九州の港町で、半年間の店を作る。

透史には、祖父から継いだ工房と、修理を待つ百冊の本があった。

「ついて来てとは言わないんだね」

依里が言う。

「言えば、来る?」

「たぶん」

「その返事が怖い。半年後、また別の町へ行くんだろう」

「透史がここで待つのも嫌」

「待たない。仕事をする」

「私も」

閉店の日、最後に残ったのは、表紙の取れた詩集だった。

透史は新しい表紙をつけず、外れたまま依里へ渡した。

「直さないの?」

「続きは、持ち主が決める本だから」

依里は店のカーテンを細く切り、栞にした。

半分を自分の詩集へ挟み、半分を透史の作業帳へ置いた。

「延長しますか」

冗談めかして訊くと、透史は首を振った。

「閉店時間です」

二人は笑い、最後の鍵を一緒に回した。

翌朝、依里は次の町へ向かい、透史は工房を開けた。

連絡先は消さなかったが、毎日を報告することもしなかった。

互いの人生を、次に会う日までの待ち時間へ変えないためだった。

百日書房の棚はすべて撤去された。

それでも二人の本には、同じ布から切った栞が残った。

続きを一緒に読めなくても、同じ頁で一度だけ立ち止まったことを忘れないための、期間限定ではない印だった。