橙のソースを下げた皇帝

帝国と南海諸国の和平晩餐で、ラティアの前に橙のソースをかけた魚が置かれた。

香りだけで喉が狭くなる。柑橘に弱いことは、宮廷医にも「好き嫌い」と笑われた。通訳官の彼女が皿を残せば、使節への侮辱になる。

匙へ伸ばした手を、皇帝ディオルクの声が止めた。

「下げろ」

十二の国を征服し、反逆者を一夜で処刑した皇帝だ。給仕は皿を落としかけた。

「ですが陛下、歓迎の主菜でございます」

「彼女には毒だ」

代わりに塩焼きの魚と、ラティアの好む焼き葡萄が運ばれた。彼女が柑橘で息を詰まらせたのは、半年前の視察で一度だけだった。

「覚えておられたのですか」

「忘れる程度なら、そばに置いていない」

冷たい横顔のまま、ディオルクは彼女の杯に果汁が混ざっていないことまで確かめた。

宴の終盤、南海王が婚姻盟約を読み上げる。

「和平の証として、通訳官ラティア殿を皇帝陛下の側妃に。両国の承認は得ております」

ラティアだけが初耳だった。

「私は承認していません」

笑いが消える。南海王は困った子どもを見る目をした。

「陛下に特別に愛される名誉を拒むのかね」

「結婚するかどうかは、自分で決めたいです」

全員がディオルクを見た。彼が望んだものを拒んで無事だった者はいない。

皇帝は婚姻盟約を取り上げ、ラティアの名がある頁だけ破った。

「和平は結ぶ。婚姻は結ばない」

「帝国の威信が損なわれますぞ」

「余の威信は、一人の女を脅さねば保てぬほど脆くない」

ディオルクはラティアへだけ声を低めた。

「帰るか。宴に残るか」

「主菜だけ食べて帰ります」

「そうしろ」

皇帝は使節団を見渡した。

南海王はなお、婚姻がなければ使節の面目が立たないと言った。ディオルクはラティアの前へ新しい契約用紙を置いたが、署名を促さない。彼女が読み終えるまで会議を止め、通訳役も別の者へ替えさせた。

「今は仕事をしたくありません」

「なら休め」

皇帝は和平交渉から彼女を外し、それでも発言権だけは残した。好意を受けた代わりに働けという者がいれば、その者を退席させるとも告げた。

「記録せよ。ラティアの拒否を和平破棄の理由にしてはならない。余の望みを含め、彼女の『嫌だ』より優先される条件はない」