次の一本

 実家を取り壊すと父から聞いたとき、私は真っ先に台所脇の柱を思い浮かべた。

 三歳、六歳、九歳。鉛筆の横線と日付が、私の背丈を追っている。十二歳の線だけ斜めなのは、測っている途中でくしゃみをしたからだ。

「柱だけ切り取って、私にちょうだい」

 電話の向こうで父は即答した。

「だめだ」

 母が亡くなってから、父は何でも一人で決めるようになった。家を売ることも、仏壇を小さくすることも、私には事後報告だった。

「思い出まで処分するの?」

「柱は家を支えてる。勝手に切れるか」

「もう壊す家でしょう」

 腹が立ち、解体の日まで帰らなかった。

 当日、重機の前で柱へ抱きつくつもりだった。けれど台所へ入ると、鉛筆の線が消えていた。

「最悪」

 雑巾を持った父の背中へ言うと、父は黙って庭を指した。

 軽トラックの荷台に、細長い杉材が一本載っていた。新品の木肌に、三歳から十八歳までの線が写されている。日付も、斜めの線も、私が反抗期に書き足した〈測るな〉の文字まで同じだった。

「元の柱は虫に食われてた。切り出しても、何年ももたん」

 父は解体前に一つずつ高さを測り、新しい材へ移していたのだという。

「だったら、そう言ってよ」

「驚くかと思って」

「悪い意味で十分驚いた」

 父は首をすくめた。その仕草が、十二歳の私にくしゃみをかけられたときと同じだった。

 新しい柱は、私のマンションへは長すぎた。結局、父の転居先の玄関へ立てることになった。

 取り付けた夜、父が鉛筆を差し出した。

「ここから上は空いてる」

「私はもう伸びないよ」

「お前だけの柱じゃない」

 翌月、私は生まれたばかりの娘を連れてきた。父は赤ん坊を壁際へ立たせようとして、まだ無理だと私に叱られた。

 代わりに柱のいちばん下へ、小さな足形を写した。

 元の家はなくなった。

 それでも柱には、過去を写した線と、まだ誰のものでもない余白がある。

 父はその余白を見上げ、「今度はまっすぐ測る」と言った。

 私は、たぶんまた斜めになるだろうと思った。

 そのほうが、私たちらしかった。