次の角まで

折笠未夕は、学校へ向かう坂の途中で立ち止まっていた。

三か月ぶりの登校だった。校門まであと六百メートル。けれど胸が苦しくなり、足が動かない。引き返そうとしたとき、後ろで紙袋が破れる音がした。

白髪の女性が、米、牛乳、野菜を道へ散らしていた。

「大丈夫ですか」

未夕はしゃがみ込み、転がったタマネギを拾った。女性は蕗谷初子と名乗り、坂の上の団地まで帰るところだという。荷物は、どう見ても一人で持てる量ではない。

「半分、持ちます」

「でも、学校は?」

未夕は制服の胸元を押さえた。

「今日は、行けないかもしれません」

初子は理由を聞かなかった。米袋を自分の買い物かごへ戻し、未夕には牛乳と野菜だけを渡した。

「じゃあ、次の角までお願い」

二人は歩いた。角へ着くと、初子は「助かった」と荷物を受け取ろうとした。団地まではまだ遠い。

「もう一つ先まで持ちます」

次の電柱。小さな公園。郵便ポスト。目印を一つ越えるたび、初子はいったん礼を言い、未夕が「もう少し」と持ち直した。

団地の前へ着いたころ、未夕の呼吸は落ち着いていた。

初子は紙袋から、少しつぶれたパンを一つ差し出した。

「重い荷物はね、目的地まで持つと思うと嫌になるの。次の角までなら、案外持てる」

未夕はパンを受け取り、来た道を振り返った。坂の下に校門の屋根が見えた。

「私も、次の角まで行ってみます」

初子は笑った。

未夕は学校へ戻った。校門まで、ではなく、まず郵便ポストまで。次は公園まで。最後の角を曲がると、担任が門の内側で待っていた。

「教室まで行けそう?」

未夕は首を振った。

以前なら、それを失敗だと思っただろう。

「今日は保健室まで。教室は、次の角にします」

その日から、未夕は毎朝、初子の団地を見上げて坂を歩いた。休む日もあった。引き返す日もあった。それでも、進めた距離を誰かと比べるのはやめた。

春、初子が今度は小さな袋一つで坂を下りてきた。

「今日は軽いですね」

「あなたに会ったからね。重いものは、半分置いてきた」

二人は笑い、一緒に次の角まで歩いた。