歌詞欄の十三文字

霞ヶ浦ネオンの追悼プレミアで、再生バーだけが曲より十三文字ぶん長かった。

最後の音は三分四十八秒。けれど歌詞欄には、その先に灰色の空白がある。プロデューサーの伴野昴は、配信卓の前で指を止めた。納品されたマスターも歌詞データも、自分が確認している。空白などなかった。

イントロは火災報知器に似た二音から始まった。観客は演出だと思って揺れる。ネオンが録音スタジオの火事で死んだ夜も、同じ二音が鳴っていた。

「そこで待っていて、すぐ戻る」

その言葉を、昴は避難中のネオンへ送った。彼女がマスターデータを取りに戻った、と警察には話したが、本当は違う。契約解除を迫られた昴は、防音扉の外からチェーンを掛けた。助けを呼ぶふりをして、権利だけが自分に残る時間を待った。ネオンは、息の震えまで自分のものだと言い、昴が勝手に補正した声を嫌っていた。火事の直前にも、原音を返してと机を叩いた。その指のリズムまで、今のイントロに混じっている。

Aメロでは、ネオンの合成声が乾いた高音を跳ねる。サビに入るとキックが消え、代わりに扉を叩く低い音が四拍ずつ続いた。昴にしか分からない。あの夜、廊下で聞いた回数だ。

画面のコメントが加速する。

〈報知器、本物の録音?〉

〈後ろで通知音してない?〉

通知音の直後、ネオンの息が途切れた。昴の端末に残っていたメッセージ受信音だった。彼女は歌ではなく、火事の最中に回していた画面録画を曲のステムへ混ぜていたのだ。

「そこで待っていて、すぐ戻る」

サビの字幕に、昴が送った文面がそのまま現れる。客席が静まった。曲は三分四十八秒で終わり、スピーカーも完全に黙る。

それでも再生バーは進んだ。

灰色だった十三文字が、一字ずつ白くなる。

「そこで待っていて、すぐ戻る」

配信卓の背後で扉が閉まった。振り返ると、会場を出たはずの捜査員が二人立っていた。ひとりが昴のスマートフォンを証拠袋へ入れ、もうひとりが言った。

「映像の原本を確認してきます。あなたは、そこで待っていて」

最後の歌詞は、ネオンが残した遺言ではなかった。

昴の逃げ道を閉じる、最初の指示だった。