死亡場所は共用廊下

 駅から徒歩四分、南向きの一DKで、家賃は相場の半分だった。

 内見の最初に、不動産会社の男は告げた。

「前の入居者が亡くなっています。ただし、発見場所は共用廊下です。室内での死亡ではありません」

 詳しい事情は個人情報なので言えないという。

 私は安さを優先し、その日に契約した。

 入居後、妙な跡に気づいた。

 玄関から居間まで、床板に二本の平行な溝がある。台車の車輪にしては幅が狭く、重い家具を何度も引きずったように深い。壁紙は腰から下だけ新しく、玄関の敷居には茶色い染みが残っていた。

 夜中の二時になると、上の階でも隣室でもない場所から、車輪の音がする。

 ごろ、ごろ。

 居間から玄関へ近づき、扉の前で止まる。

 向かいの老女へ尋ねると、目をそらされた。

「前の人も、その前の人も、同じ音を聞いたそうよ」

「前の人は廊下で亡くなったんですよね」

「見つかったのは、ね」

 気になって事件記事を調べた。

 前の入居者は、玄関前で遺体となって発見された。だが死亡推定時刻は、発見の三日前。近隣住民は、その間ずっと部屋からテレビの音がしたと証言している。

 管理会社へ問い合わせると、不動産会社の男が直接訪ねてきた。

「古い物件ですから、音も染みも珍しくありません」

 彼は部屋へ入るなり、床の溝を靴底で確かめた。初めて見るはずなのに、溝が家具の下へ続くことまで知っていた。

「前の方も、この位置にベッドを置いていました」

 私は、それを誰から聞いたのか尋ねた。

 男は答えず、更新前の室内確認だと言って、押入れや浴室を撮影した。帰り際、玄関扉のラッチへ透明なテープを貼った。

「今夜は剥がさないでください。防犯設備の点検です」

 午前二時、車輪の音で目が覚めた。

 居間の暗がりに、あの男が立っていた。

 足元には折り畳んだ台車と、青い防水シートがある。玄関は閉じたままなのに、ラッチのテープだけが内側からきれいに切られていた。

「どうやって入った」

「管理会社ですから」

 男は台車を開いた。

 車輪の幅は、床に残る二本の溝とぴたり一致した。

 私は玄関へ走ったが、扉には外側から補助錠が掛けられていた。

 男は防水シートを床へ広げながら、契約時と同じ口調で言った。

「ご安心ください。この部屋で亡くなったことにはなりません」

 台車が、居間から共用廊下へ続く古い溝に沿って動き始めた。