残高二千四百十三円
紗都子が銀行アプリを開いたのは、夕飯を買う前ではなく、買ってしまったあとだった。
残高、二千四百十三円。給料日まで三日。スーパーの白い袋から、もやし、豆腐、卵六個、三割引の鶏ひき肉を出す。レシートの合計は六百八十二円。数字だけ見れば計画的なのに、財布から消えた小銭の重さまで思い出すと、胸の奥がきゅっと狭くなった。
本当はプリンもかごに入れていた。百四十八円の、上に固いカラメルがのったやつ。セルフレジへ向かう途中で棚に戻した。戻すとき、誰にも見られていないのに、贅沢を摘発されたような気分になった。
ワンルームの流しには、朝のマグカップが残っている。紗都子はそれを避けてフライパンを置き、鶏ひき肉を半分だけ炒めた。もやしを一袋全部入れると、フライパンから白い根があふれた。味付けは味噌と砂糖。レシピ動画なら酒もみりんも入れるのだろうけれど、どちらも切れていた。
卵を一個割る。そこで手が止まる。
三日なら、一日二個まで使える。明日の弁当にも、明後日の朝にも回せる。頭の中の小さな経理担当がそう言った。けれど、もやしの山は一個の卵ではどうにも心細い。紗都子は二個目を割った。
じゅっと音がして、黄色が広がった。それだけで、夕飯が「残り物」から「料理」に少し近づいた。
食卓代わりのローテーブルに皿を置き、録画していたドラマをつける。主演女優は広いキッチンでワインを飲んでいた。紗都子は笑って、ドラマを消した。比べる相手をわざわざ部屋に招くこともない。
代わりに、冷蔵庫の奥で一つだけ残っていたスティックシュガーを、温めた牛乳に入れた。会社でもらって鞄に入れっぱなしだったものだ。
二千四百十三円は増えていない。給料日も近づいただけで、まだ来ていない。それでも卵を二個使った皿は湯気を立てている。
紗都子は最初の一口を大きく食べた。
三日後の自分には、三日後の工夫をしてもらおう。今夜の自分まで、節約の対象にしなくていい。
食べ終えるころ、皿の縁に残った味噌までご飯でぬぐった。プリンはなかったが、空腹ももうなかった。紗都子はレシートを家計簿に入力せず、今夜だけは財布の中へ戻した。