段ボールに入らない予定
「持っていくのは、段ボールに入るものだけでいいです」
新藤拓実が札幌支社への転勤を告げた翌日、名越春佳は彼の机に積まれた土産物や資料を見て、そう言った。
二人は入社以来、同じ企画を五年担当した。拓実が話を広げ、春佳が現実へ引き戻す。周囲には「名越と新藤で一人分」と笑われたが、どちらも相棒以上の呼び名を口にしなかった。
転勤は栄転だった。止める理由などない。だから春佳は、送別品を選ばなかった。マグカップも写真立ても、荷物を増やすだけだと言い聞かせた。
箱詰めを手伝う途中、春佳は二人で書き込んだ企画ノートを廃棄の山へ置いた。表紙は擦れ、余白には昼食の店や、拓実の描いた下手な猫まで残っている。すると彼は黙って拾い、赴任先へ送る箱の一番上へ戻した。
「これは次の打ち合わせに使うから」
次があるような言い方に、春佳は期待しそうになり、テープを強く引いた。
最終出社日の十八時、拓実の机はきれいに空になった。最後の箱を宅配業者へ渡すと、彼は春佳に小さな封筒を差し出した。
中にあったのは、来月から三か月分の航空券の予約控えだった。どれも金曜夜に札幌を出て、日曜に戻る往復便。搭乗者は新藤拓実一名。
「仕事の引き継ぎなら、オンラインでできます」
春佳が言うと、拓実はうなずいた。
「これは引き継ぎじゃない。春佳に会いに帰る予定です」
初めて名字を外された。告白より、その三枚の予約のほうがずっと重かった。
春佳は自分のスマホを開き、四か月目の週末に札幌行きの便を入れた。搭乗者名を確認し、彼の予定表へ招待を送る。件名は《春佳が会いに行く日》。
拓実の端末が鳴る。彼が承諾を押すより先に、春佳は封筒を持つ手をつかんだ。
「タクシー、来ますよ」
「分かってます」
それでも離さなかった。エレベーターが着き、同僚たちが手を振る中、二人は指を絡めたまま乗り込む。
一階で拓実が尋ねた。
「この手は、荷物になりますか」
春佳は首を横に振り、彼を玄関の外まで送った。
持っていくのは、段ボールに入るものだけでいい。
だから二人は、箱に入らない予定を、互いのカレンダーに残した。