母からの返信
母のアカウントから届く返信には、必ず赤いハートが三つつく。
指が震えて文字を打てない母に代わり、私が声を聞いて文章を整えている。〈弓乃がいてくれて幸せ〉〈今日も娘の料理は百点〉。介護される本人の言葉を発信することは、家族介護への偏見を減らす活動だ。
投稿前、母は「今日は何点?」と聞く。私は「ちゃんと気持ちを言えたら百点」と答える。もう一つ、スマートフォンを開くたび母の人差し指を拭き、指紋認証へ押し当てた。本人のアカウントなのだから、本人の指で開くのが誠実だと思った。
フォロワーは、私ではなく母へ励ましを送ってくれた。私は一件ずつ母に読み上げ、母の名で返事をした。返信時刻も、母が起きている昼間だけにそろえた。母が「そんなこと言ってない」とつぶやいても、認知症では自分の言葉まで忘れることがある。本人の一瞬の混乱より、積み重ねた本心を残すほうが大切だった。
妹の依茉は、母の端末を返せと言った。けれど月に一度しか来ない人間が、母の本心を分かるはずがない。母のアカウントから〈今は会いたくありません〉と送り、依茉をブロックした。余計な刺激から守るためだった。
ある日、デイサービスの職員が依茉を連れてきた。母は施設のタブレットで、何週間も短い文を打っていたという。
〈あかいはーとはゆみの〉
〈わたしはかいていない〉
〈でんわをかえして〉
私は文字の練習だと説明した。しかしログイン履歴は、投稿も返信もすべて私の端末からだった。母の端末には、依茉以外にも、ケアマネジャーと親戚の番号がブロックされていた。
「お母さんの声を代わりに届けただけ」
そう言う私に、母は首を振った。職員がスマートフォンを渡すと、母は赤いハートを一つずつ消し、最後に私の指紋登録も削除した。
母が保護先へ移った夜、予約していた投稿が時間どおり公開された。
〈娘を疑う人より、娘を信じます。弓乃、ありがとう❤️❤️❤️〉
その時、母の両手は新しい食堂で、依茉の手を握っていた。