毒消しは左から三番目
沼竜の牙がザグレスの肩をかすめた瞬間、彼はいつものように怒鳴った。
「毒消し! 早く寄越せ!」
返事はなかった。
昨日、荷物持ちのエルドを「戦えない寄生虫」と追放したからだ。
代わりに背負わされた革袋を、剣士も魔術師も地面へ放り出す。口を開ければ瓶、縄、干し肉、魔石が雪崩れた。どれも同じ茶色の布で包まれ、毒消しの印など見当たらない。
「これか?」
「それは火傷薬だ!」
「じゃあ、こっち――」
瓶の蓋を開けた僧侶がむせた。眠り粉だった。
ザグレスの唇が紫に染まる。沼竜はもう一度、尾を振り上げている。魔術師が解毒呪文を試したが、毒の種類が分からず、かえって痙攣が強くなった。いつもならエルドが牙の色を見ただけで対応する包みを前へ出していた。その動作があまりに自然で、礼を言った者は一人もいない。
彼らはそこで初めて思い出した。エルドは戦闘前、誰にも見えない速さで袋の中身を並べ替えていた。毒の森では左から毒消し、火山では右から冷却薬。必要な物を、手を入れて三秒で掴める順にしていたのだ。
同じころ、エルドは小さな治療隊の先頭で、白い鞄を背負っていた。
「麻痺針!」
隊長フィナの声が飛ぶ。
「右腰、一番手前です」
答えるより先に、彼女の指は瓶を掴んでいた。倒れた斥候へ薬を打ち込み、呼吸が戻る。
「すごいな。荷物が軽いんじゃない。迷う時間がないんだ」
帰還した隊員たちは、使った瓶を勝手に戻さず、エルドの机へ一列に置いた。次の任務へ備える作業も戦いの一部だと、フィナが全員へ命じたからだ。
フィナは報酬袋を差し出した。契約書には、エルドの役職が《戦術装備官》と記されている。荷物持ちではなかったのか、と彼が問うと、彼女は首を傾げた。
「戦場で三秒を作る仕事を、ほかに何と呼ぶ?」
夕方、伝令鳥が泥だらけで飛び込んできた。足にはザグレスの紋章。
『毒を受けた。今すぐ戻れ。報酬は倍にする』
続けて、震えた文字が重なる。
『袋のどこに何があるのか、誰も分からない』
エルドは治療隊の棚に新しい薬を収め、返書を一行だけ書いた。
『追放通知を受領した時点で、装備管理契約は終了しています』