毒見役は二杯目を望む
王の誕生宴で、最初に杯を取ったのは、三年前に「舌しか能がない」と宮廷を追われた毒見役レグナだった。
「陛下に近づくな。罪人め」
宰相ヴォルツが袖を払う。だが王の前に置かれた葡萄酒から、レグナには甘い杏仁の香りがした。王が口をつけるより早く、彼女は杯を奪い、一息に飲み干した。
広間が凍る。
混ぜられていたのは〈眠れる未亡人〉。一滴で巨牛を倒し、十滴で死体すら黒くする毒だ。ヴォルツだけが、歓喜を隠して秒を数えていた。
十。二十。三十。
レグナは倒れない。頬の色も、呼吸も変わらない。彼女は空の杯を光に透かし、眉を寄せた。
「去年物ですね。渋みが強い」
「解毒薬を仕込んでいたな!」
ヴォルツが叫ぶと、給仕が別の瓶を運んだ。封蝋には禁庫の竜紋。宰相自身が蓋を割り、どろりと青い液を注ぐ。
〈竜胆哭〉。解毒という概念ごと腐らせ、触れた金属まで泡に変える王国最悪の原液だった。杯の縁から青い煙が立ち、近くの花が一瞬で灰になる。
「飲めるものなら飲んでみろ」
レグナは肩をすくめ、また一息で空にした。青煙が彼女を包む。貴族たちは椅子を蹴って逃げ、ヴォルツだけが処刑の瞬間を見届けようと目を見開いた。
煙が晴れる。
レグナは同じ姿勢で立っていた。乱れた髪を耳にかけ、舌先で味を確かめている。
「香りは立派です。でも後味が鉄臭い。酒には向きません」
そのとき、床にこぼれた一滴が大理石を底まで穿った。王の侍医が青ざめ、瓶の封印と毒性をその場で確認する。偽物ではないと告げられた瞬間、ヴォルツの笑みが消えた。解毒薬ではない。耐性でもない。毒は確かに本物で、彼女の中にだけ結果が存在しない。
レグナは王へ向き直り、三年前に授かったまま誰にも信じられなかった職能を告げた。
「私の〈毒見〉は、毒を見分ける力ではありません。私が飲んだものを、世界が毒として扱えなくする力です」
王が静かに杯を伏せた。宰相の指が震える。
レグナは空杯をヴォルツへ差し出した。
「三杯目もございますか?」
ヴォルツは初めて、一歩退いた。