水と油が別れない白薔薇
「石鹸工に王妃の化粧品が作れるものか」
王立香粧院の主任は、リュネの前で白薔薇クリームの壺を傾けた。上には黄色い油、下には濁った水。婚礼まで三日なのに、百二十壺すべてが分離していた。
王妃が隣国へ嫁いだ妹を迎える、十年ぶりの祝宴だった。失敗すれば香粧院は御用達を失う。主任は昨月雇われたリュネを指さし、「この者が鍋を触ったせいだ」と言った。実際には彼女が触れる前から、倉庫には分離品が並んでいた。
前世で化粧品会社の製造担当だったリュネは、香料にも高価な月桂油にも触れなかった。
「新しい材料はいりません。二つの鍋を、同じ温度にしてください」
嘲笑が上がる。院では油は熱いまま、水は井戸から汲んだ冷たいまま合わせるのが常識だった。リュネは湯煎した二つの器へ同じ印の温度計を差し、針が重なるのを待った。そこから油を糸ほど細く落とし、一定の速さで混ぜ続ける。
主任はわざと火を強めようとした。だが王妃付きの侍女がその手首を止める。七分後、泡立て器の跡が白い峰になって残った。
主任が器を逆さにした。落ちない。
冷却台へ置いても油の輪は浮かばず、白薔薇の香りだけが均一に立った。王妃は指先へ米粒ほど取り、手の甲へ伸ばす。べたつかず、粉もよれない。水差しで手を濡らしても白い筋にならなかった。隣では従来品がもう二層に戻り、油が卓上へ垂れている。
「偶然です」と主任が言った。
リュネは残りの材料を指した。「同じ温度なら、あと百十九壺も同じになります」
職人たちが一斉に温度計を取りに走った。リュネは鍋ごとに針の位置を確認し、誰が混ぜても七分で同じ峰が立つよう砂時計を置いた。昼鐘までに完成した百二十壺は、どれを開けても同じ白さ、同じ香り、同じ固さだった。
侍女たちは壺を逆さにして並べた。ひとつも落ちない。廃棄を見込んでいた会計官が、損失欄の金貨八百枚を横線で消す。主任の机からは、失敗を材料商へ押しつけるための偽の報告書まで見つかった。
王妃は婚礼用の壺を閉じ、主任ではなくリュネへ香粧院の鍵束を差し出した。
「白薔薇三千壺。製造責任者は、この者に決めます」