水曜日を閉じる
有給を取った水曜日、汐里は朝七時に目を覚ました。
目覚ましは切ってあったのに、体のほうが平日を覚えていた。枕元のスマートフォンには、社内チャットの赤い丸が六つ。開かなくても、誰が何を書いたか想像できる。昨日引き継いだ案件についてだ。自分が休んだせいで誰かの手が止まっていたら、と胸の奥が細く縮んだ。
ベッドから出て、いつもの紺色のパンツに着替えた。休みの日に部屋着でいると、怠けている証拠を着ているようで落ち着かなかった。パソコンを開き、ログイン画面まで進む。そこで昨日、上司に言われた短い言葉を思い出した。
「引き継ぎ、見たよ」
それだけだった。休めとも、心配するなとも言われていない。だからこそ、言い訳に使えなかった。
汐里はチャットを開いた。六件のうち五件は別部署の雑談で、残り一件は「資料、受け取りました」という返信だった。安堵した直後、別の不安が湧く。問題がなくても、何か先回りしておくべきではないか。机の端には、休暇中に読むつもりで持ち帰った業界誌が積んである。
台所で湯を沸かす間も、汐里はパソコンの青い光を背中に感じていた。沸騰の音がしても、すぐには動けなかった。仕事をしない一日は、何もしなかった一日として記録される気がした。
やかんの火を止め、マグカップに湯を注ぐ。紅茶の色がゆっくり広がるのを見てから、汐里は机へ戻った。返信を書く代わりに、チャットの通知設定を開く。「一時間停止」「今日いっぱい停止」「再開するまで停止」と並んでいる。
指は一度、「一時間停止」に触れかけた。午後には確認できる。それなら休みながら責任も果たせる。けれど、それはいつもの休み方だった。休んだふりをしながら、いつでも呼ばれる位置に立っている。
汐里は「今日いっぱい停止」を選んだ。パソコンを閉じ、仕事用の鞄に入れ、クローゼットの上段へ押し込んだ。扉を閉めると、部屋から青い光が消えた。
紅茶は少し冷めていた。汐里は着替え直すことにした。紺色のパンツを脱ぎ、洗いざらしのスウェットを穿く。午前七時四十分。まだ一日を有効に使える時間だったが、汐里はソファに横になり、読みかけの小説を胸の上に置いた。
一ページも読まないまま目を閉じた。仕事はなくなっていない。明日の自分が急に強くなるわけでもない。それでも今日は、水曜日を水曜日のまま閉じておく。眠りに落ちる直前、汐里はそのことを訂正しなかった。