水番の札

夜明け前だというのに、村の井戸には四十人も並んでいた。

最後尾の老婆が空の壺を抱えて膝を震わせる一方で、水番の甥は列を横切り、樽を三つ満たしていく。誰も抗議しない。抗議した家は、翌朝「水が尽きた」と言われるからだ。

新任代官のリゼットは、水番を怒鳴りつけなかった。井戸枠に腰を下ろし、汲み上げられた桶の底を見た。

「水はあるわ。足りないのは水ではなく、順番ね」

その日の昼、広場に一枚の板が立った。

一人につき一日一枚の木札。乳児、病人、七十歳以上の者には青い札を渡し、最初の鐘で優先する。残った水量と使った札の枚数は、毎夕、誰でも読める字で板に記す。水番には村の共同金から決まった賃金を払い、贈り物は受け取らせない。

「どうせ代官様の親戚だけ札が増える」

誰かが呟くと、リゼットは自分の札を板に釘で打ちつけた。

「私も一枚。客が来ても増やさない」

だが、井戸の石組みは泥で狭まり、このままでは夏を越せない。リゼットは修繕費を銀貨八枚、縄二本、石灰一袋と細かく書き、その隣にこう加えた。

――労働一日につき、来月の共同費を銅貨二枚免除。働けない者は免除のまま。井戸の所有権は、誰にも発生しない。

翌朝、命令を出す前に石工が槌を持って来た。桶屋は新しい桶を置き、パン屋は作業する者へ焦げた丸パンを配った。あの老婆は座ったまま、木札の角を青く塗った。

三日目、詰まっていた泥が崩れ、暗い底から澄んだ水が湧き上がった。

水番だった男は黙って新しい縄を滑車に掛ける。リゼットは彼を追い払わず、板の数字を書く役を任せた。数字を偽れば、翌日は別の者が書く。それだけだ。

最初の桶が井戸枠を越えると、列の先頭にいた老婆が青い札を一枚、箱へ落とした。

からん、と乾いた音がした。

その後ろで、子どもたちが新しい看板を掲げる。

――この井戸は、村のもの。

朝日を受けた文字の下で、満ちた桶から一筋の水がこぼれ、誰の足元にも同じように流れた。