沈む種だけを蒔け
王領の春蒔き麦は、十粒に三粒しか芽を出さなかった。
種商会は「農民の祈りが足りない」と言い張り、代金だけは去年の倍を取る。納屋には未開封の種袋が千二百。これを全部蒔いて失敗すれば、辺境三村は秋を待たずに飢える。
異界から来た稲羽未央は、責任を押しつけられる形で選種試験へ立たされた。
「百姓女が、種の良し悪しを見分けるだと?」
商会長ゼルバは、王の監察官の前で笑った。見た目はどれも同じ褐色で、割れば発芽できなくなる。鑑定魔法は一袋につき銀貨一枚。千二百袋には使えない。
未央が求めたのは、水桶と塩だけだった。
桶へ種を一升入れ、塩水を注ぐ。混ぜると、半分近い粒が水面へ浮いた。未央は浮いた粒と沈んだ粒を別々の布へ取り、二十粒ずつ濡れ布に挟んだ。
「浮いたほうが軽くて上等ではないのか」
ゼルバが鼻を鳴らす。未央は答えず、商会の封印がある十袋を同じ手順で分けた。浮く割合はどれも四割を超えた。
二日後、監察官たちの前で布を開く。
沈んだ二十粒からは、十八本の白い根が伸びていた。浮いた二十粒で根を出したのは三粒だけ。残りを割ると、中は虫食いか空洞だった。
さらに未央は、農家が自家採種した袋も桶へ入れた。浮いたのは一割。商会の種だけが異様に軽い。祈りでも畑でもなく、最初から実のない種を量り売りしていたのだ。
未央はさらに五つの村から持ち寄った種も沈めた。発芽率の高かった村ほど浮く粒は少なく、去年不作だった村ほど商会袋の割合が高い。桶の結果と収穫記録が、同じ順番で並んだ。
「偶然だ!」
ゼルバが叫ぶ横で、監察官は秤に浮いた種を載せた。千二百袋のうち、代金にして金貨四百枚分が殻同然になる計算だった。
農民たちのざわめきが怒号へ変わる。未央は沈んだ種を一袋へ戻し、封をした。
監察官は商会長の契約書を破り、王領印のある新しい札を未央の桶へ置いた。
「春蒔きまで残り六日。全倉庫の選種を、君の指揮で行う。賃金は救った種の一割だ」
その場で、千二百袋を運ぶ荷車の注文鐘が鳴った。