泥のついた走行記録
神代ヶ浜澄和が出張から戻ると、ガレージの四輪駆動車が泥だらけになっていた。
鍵を預けていた友人の鳥越森俊彰は、悪びれもせず写真を送ってきた。
「友達なんだから、引っ越しに一日くらい借りてもいいだろ。頑丈な車なんだし、洗えば同じ」
澄和が貸した覚えはなかった。俊彰は以前から、車を使わせて、保険もガソリンもそっち持ちで、と繰り返していた。断られると、旅行中の植木へ水をやるために預かった予備鍵を使ったのだ。
翌朝、エンジン警告灯が点いた。販売店で調べると、車体下部は岩でえぐれ、駆動系へ泥水が入り、助手席側のドアも歪んでいた。修理見積もりは二百八十万円。事故歴が付くため、査定額も百万円以上下がるという。
俊彰は電話で笑った。
「古い傷まで俺のせいにするなよ。友達価格で十万くらいなら払う」
澄和は車載アプリの記録を開いた。
走行時刻、位置情報、急制動、渡河モードの作動。俊彰は引っ越しではなく、入場禁止の林道へ仲間を乗せて入り、川を横切っていた。ドライブレコーダーには、「壊しても澄和の保険で新品になる」と話す声まで残っている。
さらに、任意保険の運転者条件に俊彰は含まれていなかった。保険会社は無断使用として補償対象外と判断し、所有者へ支払う車両保険ではなく、俊彰本人へ損害を請求する手続きを案内した。
俊彰は急に声を落とした。
「警察はやめろ。会社に知られたら困る。車をしばらく俺にくれれば、修理して返すから」
「壊した車を、さらに貸してほしいの?」
澄和の代理人は、修理費、査定減、代車代、レッカー代を合算した請求書を送った。俊彰が拒んだため、簡易裁判所で調停が行われ、車載記録と本人の動画が証拠になった。
俊彰は分割払いと、自分の大型バイクを売却して頭金へ充てる条件で合意書へ署名した。
アプリの最終走行者欄に〈鳥越森俊彰・無断使用〉と確定表示が出た瞬間、無料で借りるつもりだった男には、車を買えるほど高い一日の利用料だけが残った。