浴衣の袖は三センチ長い

クラス委員は、薄い水色の浴衣を着ると、別人のように頼りなかった。

いつもは提出物の締切を一分でも過ぎると眉を上げるのに、その夜は神社の石段の下で、袖口を両手で握りしめていた。

「見ないで」

「もう見た」

「学校で言ったら、名簿から消す」

浴衣は姉のお下がりで、袖が三センチほど長いらしい。歩くたび指先が隠れ、下駄にも慣れていないせいで、普段の速い歩調が嘘のようだった。

待ち合わせていたクラスの女子たちは、まだ来ていない。委員は先に着きすぎたことを後悔していた。

「一人で待てるから」

そう言いながら、屋台へ向かう人波が押し寄せると、彼女は僕の制服の袖をつかんだ。僕は部活帰りで、甚平どころか学校指定のポロシャツだった。

「つかむ場所、そこ?」

「緊急避難」

僕らは人混みを抜け、境内の端へ移った。りんご飴の甘い匂いと、焼きそばの煙。浴衣の裾を気にして歩く彼女は、信号の変わり目でクラス全員を急かす人とは思えなかった。

「似合ってるよ」

言うつもりはなかった。たぶん、風鈴の音につられた。

彼女は立ち止まり、こちらを見た。叱られるかと思ったが、顔を背けただけだった。

「そういうの、学校では言わないくせに」

「学校では浴衣じゃないから」

「制服でも言えばいいでしょ」

答える前に、最初の花火が上がった。

大きな音で、僕の声は消えた。彼女は聞き返さず、空を見上げた。袖から出た指先が、まだ僕の服をつかんでいる。

遅れてきた友達の声が聞こえた。委員は急にいつもの顔へ戻り、「集合時間を守って」と注意した。それでも手だけは離さなかった。

集合写真を撮るとき、彼女は僕の隣に並んだ。長い袖で口元を隠し、小さく聞いた。

「さっき、何て言ったの」

僕は花火の続きを見ながら答えた。

「制服でも似合ってるって」

今度は音に消されなかった。

彼女は三秒黙り、それから僕の腕を名簿で叩く真似をした。

「減点。でも、消さない」

写真の中で、彼女の袖はやはり少し長かった。そこからのぞいた指だけが、僕の袖口を確かにつかんでいた。