海側の席だけ空いている

卒業旅行の帰り、三両編成の電車は海に沿って走っていた。栗栖美冬が窓へ額を寄せ、高遠洋平は向かいの席で土産袋を抱え、伊集院澄玲は三人分の切符を膝に並べていた。

「この写真、卒業式に上げる?」と澄玲が聞いた。岬で撮った一枚だった。風に煽られて、三人とも笑っているのか泣いているのか分からない。背景の水平線だけが、真っ直ぐ一つにつながっていた。

「四月までは待って」と美冬が言った。「水族館、辞退したから」

洋平の土産袋が鳴った。「第一志望だっただろ」

「うん。でも札幌の研究室から声が来た。飼育じゃなくて、海獣の聴覚を調べる。博士まで行くかも」

澄玲は切符の角を爪で折った。「じゃあ北海道か」

「澄玲は?」

「来月、ニュージーランド。ワーホリ。帰国日は決めてない」

二人の視線が洋平に集まった。洋平は窓の外を見たまま言った。

「俺は港に戻る。親父の会社、継ぐよ。東京の内定は断った」

三人が高校から共有してきた「海を出る」という約束は、誰も同じ形では守らなかった。美冬は海を研究するため遠くへ行き、澄玲は海を越え、洋平だけが海辺へ戻る。

最初に約束したのは、受験に失敗した夜だった。防波堤で缶ジュースを回し飲みし、十八歳の自分たちには、この町に残ることが敗北に見えていた。四年後、出ていく二人にも、残る一人にも、勝った顔はなかった。

「裏切り者ばっかりだね」と澄玲が笑った。

「誰が最初?」と洋平。

「たぶん、約束した時点で全員」

車内放送が洋平の降りる駅を告げた。彼は土産袋から貝殻のキーホルダーを二つ出し、座席へ置いた。

「三つ買わなかったの?」

美冬の問いに、洋平は自分の鞄を指した。そこには何も付いていなかった。

「港にいれば、要らないから」

扉が閉まり、洋平はホームで小さく手を上げた。電車が動きだすと、澄玲は彼のいた席へ移らず、美冬も荷物を置かなかった。

海側の窓だけが、四人目の乗客のように青かった。

終点で澄玲が二枚の切符を改札へ入れた。洋平の一枚は、折り目のついたまま座席に残っていた。