混雑緩和にご協力ください
鳥飼圭吾が勤める翠嶺タワーでは、朝八時四十分のエレベーターが最も混む。
ある月曜、十四人が肩を寄せた箱の中で、いつもの女声が告げた。
『混雑緩和のため、最後に降りる方を一名お選びください』
冗談だと思い、誰かが今年入った新人を指した。笑いが起き、ほかの者もつられて手を上げた。
『選定を確認しました』
各階で人が降り、新人だけが残った。圭吾が振り返ると、彼は助けを求めるように笑っていた。扉が閉まり、箱は上へ消えた。
新人は出社しなかった。午後には机も社員名簿も消え、誰に尋ねても「そんな人は最初からいない」と言った。ただ、給湯室には彼の名前を書いたマグカップが残っていた。
翌朝も放送は流れた。
今度は遅刻の多い社員が選ばれた。
次は長期療養から戻ったばかりの者。その次は、会議で反対意見を述べた者。
初めは戸惑っていた社員たちも、やがて選定を仕事の一部として扱った。総務からは「輸送効率向上への協力依頼」というメールが届いた。人が消えるたび、執務室は広くなったのに、仕事量は変わらなかった。消えた者の案件は、最初から圭吾たちの担当だったことになった。
圭吾だけは、忘れたくない名前を手帳に書いた。
だが翌朝には文字が薄れ、夜には白紙へ戻った。
金曜、箱に乗ったのは圭吾と役員の二人だけだった。
『最後に降りる方を一名お選びください』
「君でいいだろう」
役員は迷わず圭吾を指した。
最上階を過ぎても箱は止まらなかった。表示には階数の代わりに、消えた社員たちの名前が一つずつ灯った。
扉が開く。
そこには満員のエレベーターがあった。消えた者たちが、鞄や書類を抱えて黙って立っている。最初の新人が圭吾に操作盤を示した。ボタンには、まだ会社にいる者の名前が並んでいた。
「一人選べば、一人戻れます」
圭吾は役員の名前を押した。
月曜、圭吾は部長席で目を覚ました。役員の存在を覚えている者はいなかった。給与も役職も上がり、総務から新しい権限が付与されていた。
朝八時四十分。
社員で満ちた箱に乗ると、天井から圭吾自身の声が流れた。
『混雑緩和のため、不要な方を一名お選びください』
全員が、当然のように圭吾を見た。
彼の指はもう、誰を指すか決めていた。