温めますかの答え

由良がコンビニに入ったのは、午後九時四十七分だった。

蛍光灯の下で、総菜パンも弁当も、同じ明るさで並んでいる。昼休みに同僚から「ちゃんと食べてる?」と聞かれ、反射的に「自炊してます」と答えたことを思い出した。冷蔵庫には、先週買った玉ねぎが一個と、期限を二日過ぎたヨーグルト。自炊と呼べるものは、ここしばらく湯を沸かすことくらいだった。

棚を二周して、鮭のおにぎりと豚汁をかごに入れた。野菜が足りない気がして、カットサラダも加える。ドレッシングは別売りだった。百円近い小袋を前に、由良は少し迷い、結局ごま味を取った。

レジで店員に「豚汁、温めますか」と聞かれた。

いつもなら、家に電子レンジがあるからと断る。けれど帰宅したあと、靴を脱ぎ、鞄を置き、容器のふたを少し開けて、待っている二分が途方もなく長い夜がある。

「お願いします」

言っただけで、胸の奥に張りついていたものが少しゆるんだ。

部屋に着くと、スマートフォンには仕事のグループチャットが未読六件。明朝まででいい内容だと分かっていたが、通知の数字だけで呼吸が浅くなる。由良は画面を伏せ、ローテーブルに夕食を並べた。サラダの透明なふたを開け、ごまドレッシングを全部かける。多すぎる気もしたが、半分残しても冷蔵庫の扉に小袋が増えるだけだ。

豚汁はまだ湯気を立てていた。大根を口に入れると、思ったより熱く、舌を少しやけどした。誰にも見られていないのに、由良は笑った。

レシートには二十二時前の時刻と、合計七百三十八円。安くも、立派でもない。けれど温かいものを温かいうちに食べている。それだけで、今日の自分を少し丁寧に扱えている気がした。

未読は七件に増えていた。

由良は豚汁のふたを受け皿代わりにして、もう一口すすった。返信は食べ終わってからでも、明日の朝でもいい。今夜は、温めてもらったものを冷まさないことだけで十分だった。

食べ終えた容器を流しへ運ぶと、底に残ったつゆがまだ温かかった。由良は水を張らず、そのまま置いた。片づけまで完璧にしなくても、今夜受け取った温度はもう十分、自分の中に残っていた。