湯気の向こうの木札

山あいの樵村では、冬になると誰もが煤の匂いをまとった。

川は凍り、湯を沸かせる家は薪を持つ者だけ。孤児や年寄りは濡れ布で顔を拭き、木こりたちは黒い手のまま食卓についた。新しく村を預かったリゼットが最初に聞いた不満は、年貢でも獣害でもなく、八歳の少年の一言だった。

「母ちゃんが、春まで髪を洗えないんだ」

リゼットは製材所の裏に積まれた端材を見た。形が悪いというだけで、毎日焼き捨てられている。

「共同浴場を造ります。燃料は端材。負担は大人一人につき月に銅貨一枚。子どもと六十歳以上は無料です」

村長は首を振った。

「家族の多い家ほど損だ」

「ですから現金で払えない家は、端材を一束運べば大人二人分とします。換算は毎月変えません。集まった銅貨、薪、修繕費は入口の板に全部書きます」

代官所の古参書記は、領主分を二割上乗せするよう囁いた。リゼットはその場で帳面を皆に開いた。

「私の取り分はゼロです。この浴場は、使う人のものです」

沈黙のあと、製材所主が最初に手を挙げた。

「どうせ捨てる木だ。毎週、荷車一台分を出そう」

次に石工が基礎を、桶職人が湯桶を申し出た。命令状は一枚も出されなかった。誰が何を出し、何に使ったかが見えるだけで、人は自分の役目を選び始めた。

二十日後、杉板張りの小さな浴場に火が入った。少年の母が髪をほどき、湯をすくう。黒かった水面に、やがて清い波紋が広がった。

外では少年が、新しい木札を軒に掛けていた。

――一束の薪も、一枚の銅貨も、みんなの湯になる。

古参書記は、毎晩その板の前で立ち止まった。以前なら端数として懐へ入れた銅貨まで、子どもが声に出して数える。三日目、彼は自分から定規を持ち出し、収支の欄をまっすぐ引き直した。『数字が曲がっていては信用されませんから』と言い訳したが、翌月の番人当番には、誰より先に自分の名を書いた。少年はその名を指でなぞり、もう一束拾ってこようと駆け出した。

白い湯気が、その文字の向こうから村の空へ立ち上った。