満ち潮領の白い朝

羽澄レイカが王都兵站局を辞めた日、持ち帰ったのは退職証と、灰色の制服だけだった。

袖口は紙のように薄く、胸の留め金は三つのうち一つしか残っていない。夜中の呼び出しに飛び起き、倉庫と執務室を往復した跡だ。通信板には今も〈緊急〉が九十一件並んでいたが、レイカは読まずに海辺の小領地へ来た。

「塩も採れない泥浜」と笑われた土地だった。

ところが七度目の満ち潮の朝、浜一面に白い塔が立った。海水から生まれる月塩である。小蟹の土人形たちが鋏で塔を崩し、樋へ運び、風車小屋が乾燥させる。箱詰めも領地印の封蝋も勝手に終わり、昼前には商業組合の荷馬車が来た。

通信板が一度だけ光る。

〈月塩二十四箱を自動出荷。地税・維持費差引後、今月の生活口座へ入金しました〉

豪邸を建てられる額ではない。だが、パンと魚を買い、屋根を直し、冬の薪を備えても余る。何より、次の満ち潮までレイカがする仕事はなかった。

最初の七日間、レイカは何度も浜へ降りた。樋が詰まっていないか、箱の数が合うか、蟹が怠けていないか。だが小蟹は点検に来た彼女へ鋏を振り、「ここは任せろ」とでも言うように砂をかけた。四日目から、レイカは朝の茶を冷める前に飲めるようになった。七日目には、働いていない時間を失敗ではなく暮らしと呼べた。

その直後、赤い呼出印が明滅した。元上司の兵站監だった。

『今すぐ戻れ。北倉庫の在庫が合わん。お前しか帳尻を直せない』

「引継書の三頁目です」

『読む暇がない。給金は倍にする』

レイカは、潮風に揺れる擦り切れた袖を見た。倍の給金でも、眠る時間は半分以下だった。

「必要なのは倍のお金ではありません。呼ばれても行かなくていい暮らしです」

『命令だぞ』

「もう、あなたの部下ではありません」

切断すると、浜では最後の小蟹が空箱の中で昼寝を始めていた。

レイカは通信板の通知を次の満ち潮まで停止し、二本の椰子の間に吊った網へ横になる。白い浜は自分で稼ぎ、波は彼女の返事を求めない。

目を閉じたとき、九十一件の赤い印は、潮騒の向こうへ沈んでいた。