火を飼う半月の窯
「役立たずの土魔法使いに、辺境がお似合いだ」
王都を追われたカイムが与えられたのは、村から半日も離れた荒れ地と、壁のない小屋だけだった。だが初日の朝、彼が最初に拾ったのは剣でも鍬でもない。崩れた納屋の隅に転がる、赤土の煉瓦だった。
今日はパン窯を造る。それだけにした。
地面をならし、平たい石を円に並べる。煉瓦を半月形に積み、隙間へ赤土を押し込む。王宮では「壁一枚も満足に築けない」と笑われた土魔法は、土を豪華な城に変えられない代わりに、指先で練った場所だけを石のように締められた。
カイムは一度だけ掌を当てた。
ぱき、ぱき、と湿った土から余計な水分が抜け、窯の内側が滑らかな殻へ変わる。派手な光はない。けれど半日かかる乾燥が、呼吸一つの間に終わった。
王都では、城壁を一息で築けない魔法に価値はないとされた。だが食事一回ぶんの窯には、指先で土を締める慎重さがちょうどよかった。
薪を二本入れると、火は窯の丸みに沿って静かに回った。煙は入口から逆流せず、天井に煤の輪を描く。
夕方、行商人の娘ベッカが置いていった小麦粉を水と塩でこね、平たい生地にした。焼き石へ滑らせると、ぷつぷつと気泡が膨らむ。表面がきつね色になり、縁がぱり、と小さく鳴った。
焼きたてを割れば、白い湯気が昇った。小麦の甘い香りに、薪の匂いが少しだけ混じる。王都の晩餐で食べたどんな菓子より、腹の奥へまっすぐ届く匂いだった。
そこへ白馬の伝令が来た。
「宮廷土木院より帰還命令だ。北塔が傾いた。今すぐ戻れば、処分を取り消すとのことだ」
差し出された封書には、かつて頭を下げ続けた長官の赤い印があった。
カイムは受け取り、窯の脇へ置いた。開かなかった。
もう一枚の生地を焼き石へ載せる。じゅ、と湿り気が弾け、火が明るくなる。
「冷める前に食べる。返事はその後だ」
だが二枚目を割ったとき、カイムはもう、返事を考えていなかった。半月の窯の中で、彼のためだけの火が、穏やかに息をしていた。