火曜日は指輪を外す
火曜日だけ、柊吾は婚約指輪を外す。
そのたび、指に残る白い跡を私から隠すように拳を握った。
理由を聞くと、「金属を扱うから」と笑った。彼は広告会社勤務で、金属を扱う仕事などない。しかも外す前には必ずスマートフォンを伏せ、録音アプリらしい赤い点を確かめる。
もう一つ妙なのは、私が「例の女には連絡していない」と言うたび、柊吾が回数を尋ねることだった。
「昨日は何通、送らなかったの?」
冗談にしては、言い方が気持ち悪い。
婚約前、柊吾には七年付き合った恋人がいた。別れてから心を病み、名前も住所も変えたらしい。私は彼女をかわいそうだと思っていた。だから、たまに匿名で励ましてあげた。あなたがもっと素直なら捨てられなかったのに、と。新しい勤務先を見つけた時も、逃げ続けるより話し合うべきだと伝えた。
その程度で、彼女はまたアカウントを消した。
柊吾は、私が彼女のことを話すと、怒る代わりに細部を確認した。最後に見た投稿は何時か、どの写真に位置情報が残っていたか。心配しているのだと思い、私は得意になって答えた。彼女が隠している新しい姓も、通勤に使う駅も知っていた。私ほど柊吾の過去を理解している婚約者はいない。
火曜の夜、柊吾の尾行アプリが示した先は、小さな法律事務所だった。窓越しに、彼と女が向かい合っている。私はドアを開け、二人の前へスマートフォンを置いた。
「やっぱり会ってたんだ。私に隠れて」
女は顔を伏せた。柊吾は私を見て、静かに聞いた。
「どうして、この人が彼女だと分かった?」
私は笑った。プロフィール画像も名前も違う。でも指の傷を見れば分かる。写真を何百枚も保存してきたのだから。
柊吾が指輪を外した。机の下で赤い点が灯っていた。
「今ので十分です」
隣室の扉が開き、警察手帳を持った女性が入ってきた。私は婚約者を奪われた被害者なのに、柊吾は私ではなく、震える女の肩に上着を掛けた。
その夜、取り上げられた私の端末から、送信前の下書きが百八十六通、クラウドへ復元された。