灰の家族札

麦穂村の門前に、焼けた荷車が十七台並んだ。

隣の灰谷村を山火事で失った避難民たちだ。だが麦穂村の倉には、冬越しの小麦しかない。

「受け入れれば、うちの子が飢える」

村長の言葉に、誰も反論しなかった。

新任代官ミレナは、倉の鍵ではなく白墨を取った。広場の黒板に、村の人口、避難民の人数、袋数、春までの日数を書き出す。

「一人一日二杯。乳児と病人には半杯追加。麦穂村も灰谷村も同じです。各家が六週間分を残した後の余剰だけ、二十分の一を共同倉へ。集めた量と配った量は毎夕ここへ書きます」

「隠した家は罰金か」

粉屋が問うた。

「いいえ。参加しない自由はあります。ただし共同倉からも受け取れません」

「代官屋敷は別勘定か」と誰かが皮肉を飛ばした。

ミレナは屋敷の在庫欄を一番上に書き、六週間を超えた三袋のうち、規則どおり一袋にも満たない分を量らせた。

「権力がある家ほど率を変えられるなら、この板には何の意味もないでしょう」

秤の針が止まるまで、彼女は皆の前から動かなかった。

命令ではなかった。

だから最初に動いたのは、最も反対していた村長だった。自宅の穀櫃から一袋を運び、「うちは七週間分あった」と黒板に自分で記した。

すると灰谷の石工が進み出た。

「麦はない。だが、焼けて使えない旧倉なら直せる」

鍛冶屋が蝶番を、農家が板を持ち寄った。灰谷の女たちは、焦げた荷車の車輪を外して棚に作り替えた。日暮れまでに、閉ざされていた旧倉の扉が立った。扉の内側には、入庫袋を置く棚と配給袋を置く棚が左右に分けられ、取り違えればすぐ分かる。粉屋は「これならごまかせん」と苦笑し、自分から秤番を申し出た。

配給初日、ミレナは二つの列を作らせなかった。家族ごとに木札を渡し、人数だけを刻ませた。札に出身地を書く欄はない。

最後に来た灰谷の少年が、小麦を受け取っても立ち去らなかった。

「ぼく、字が書ける。夕方の数、書いていい?」

ミレナが白墨を渡すと、少年は黒板の一番上に新しい見出しを書いた。

――麦穂村共同倉 家族札の数、八十三。

その下で、村長が「灰谷の十七家も入っているな」と確かめる。

少年は胸を張った。

旧倉の扉には、誰かが新しい札を打ちつけていた。

『この麦は、先に住んだ者ではなく、ここで冬を越す者のもの』