灰枠の雑巾は王城を洗う

リゼットが王城の清掃係になって三年、魔法使いたちは彼女の仕事を「誰でもできる雑用」と呼び続けた。

戴冠式の朝、謁見の間の床に黒い筋が浮いた。大理石の継ぎ目を伝い、玉座へ向かって伸びている。宮廷術師が炎で焼いても、聖水を注いでも、筋は一息ごとに太くなった。正午までに玉座へ届けば、座った者の心臓を呪いに替えるという。

「床ごと壊せ!」

騎士団長が叫んだが、床下には王都を守る結界盤がある。割れば都の防壁まで消える。

リゼットの手元には、今朝一度だけ回した生活支援ガチャの品があった。灰色の枠に囲まれた、端のほつれた雑巾。

【N:使い古しの雑巾】

【こびりついた汚れを、きれいに拭き取る】

見せたとき、術師たちは鼻で笑った。だから彼女は説明をやめ、いつもの木桶から水を絞った。

黒い筋の前に膝をつき、一度だけ、まっすぐ雑巾を滑らせる。

ぬるり、と嫌な手応えがした。だが雑巾が通った跡には、白い大理石が戻った。黒い筋だけではない。石の裏に刻まれていた呪文、呪文へ魔力を送る細い導線、遠くの誰かへつながる契約まで、汚れのように布へ吸い込まれていく。

雑巾を持ち上げると、黒い染みの中央に赤い紋章が浮かんだ。王弟の家紋だった。

謁見の間が静まり返る。

リゼットは騎士団長へ雑巾を渡さず、証拠袋を持ってくるよう命じた。それから新しい水で床をもう一度拭いた。今度はただの泥だった。

「清掃婦の作った偽物だ!」と王弟が叫び、指輪を外そうとした。だが雑巾の染みから伸びた黒い糸が、その指輪へまっすぐつながる。騎士たちは一斉に剣ではなく拘束具を抜いた。

「汚れは隠せても、拭けばどこから付いたか分かります」

リゼットの静かな声に、これまで彼女を雑用と呼んだ術師たちは誰も目を合わせられなかった。

正午の鐘が鳴る。玉座は白く、結界盤も無傷のまま光っている。女王は立ち上がり、誰より先に清掃係へ頭を下げた。

その瞬間、灰色だった道具欄が七色に反転した。

【世界初使用達成――神話級EX《万象清浄布・罪まで落とすもの》】