灰色の的が空を割った

「能力なし。よくその制服で実技場へ来られたな」

第一実技場に笑いが広がった。異世界から召喚されて三日目の蓬田要は、魔力測定板に何も灯せなかった。試験官のドレイクは記録簿へ大きく不合格と書き、百歩先の黒曜石標的を顎で示した。

課題は初級火弾を一発当てること。貴族の受験生たちは次々と赤い火を飛ばし、標的の表面を焦がしていく。要に渡されたのは、芯の割れた練習杖だった。

元の世界で要は配送センターの経路管理をしていた。荷物を飛ばす力などなくても、どこへ届けるかを間違えないことだけは誰にも負けなかった。だが学院では、その経験も「地味な平民仕事」の一言で切り捨てられていた。

「杖を振るだけなら平民にもできる」

また笑いが起きた。落第すれば召喚費用を借金として背負い、鉱山へ送られる。机上の規則にはそう書かれていた。要は異世界へ勝手に呼ばれたうえ、役に立たなければ処分される仕組みを、配送先不明の荷物より理不尽だと思った。要は言い返さず、標的を見つめた。召喚の夜、視界の隅に一行だけ浮かんだ説明を思い出す。

《能力・終点指定――放たれたものの到達点を一度だけ決める》

要は杖を振らなかった。隣の受験生が外した小さな火弾へ指を向け、黒曜石標的の中心を終点に指定した。

火弾は空中で直角に曲がった。

的へ突き刺さった瞬間、爆発は起きなかった。代わりに、黒曜石の中心から細い白線が伸びた。線は標的を抜け、背後の防壁を抜け、学院を覆う十二層の結界を抜けて、雲の中央まで一直線に走った。次の瞬間、曇天が左右へ割れ、青空が一本の道のように現れた。

実技場の測定柱が遅れて悲鳴を上げた。針が最高値を越え、目盛り盤ごと弾け飛ぶ。

笑っていた生徒たちは口を閉じた。ドレイクの手から記録簿が落ちる。最上段の観覧席で腕を組んでいた学院長イグナーツだけが、ゆっくり立ち上がった。

「今の火弾を撃った者ではない」

学院長は要へ向き直り、胸に手を当てた。

「その行き先を決めた者の名を、記録し直せ」

床に落ちた不合格の紙を、誰も踏めなかった。