熊は謝る方を向く

母の家を片づける日、兄と私は、子どもの頃から居間にいた熊のぬいぐるみを見つけた。

片耳が縫い直され、腹の綿は片側へ寄っている。母は喧嘩のたび、熊を私たちの間へ座らせた。

「この熊は、謝らなくちゃいけない方を向くの」

そんな母の決まりを、私たちは大人になるまで笑っていた。

母の介護をほとんど兄に任せたことを、私は負い目に思っていた。けれど兄は電話のたび「来なくていい」と言った。仕事を休んで帰れば、母より先に兄の機嫌を心配することになる。私は月に一度だけ訪ね、短い時間で帰った。

遺品の分け方でも、すぐに喧嘩になった。

「欲しい物だけ持っていくんだな」

兄が言った。

「いらないって言ったのはそっちでしょう」

私が言い返すと、棚に座らせた熊が、ゆっくり兄の方を向いた。

二人とも黙った。

兄は熊の顔を私へ戻した。

数秒後、熊はまた兄を向いた。

「壊れてる」

兄は笑わなかった。

台所へ逃げた兄を追うと、冷蔵庫に母の献立表が残っていた。曜日ごとの食事の横に、兄の勤務時間、私が電話をかける日まで書いてある。

兄は流しへ背を向けたまま言った。

「来なくていいって言えば、お前が本当に来ないと思わなかった」

「来てほしいって言えばよかったでしょう」

「言ったら、お前が仕事を辞めると思った」

「辞めるわけない」

「昔、父さんのときに辞めただろ」

兄は私がまた生活を失うのを怖がっていた。

私は兄が一人で抱えることを選んだのだと思っていた。

互いに相手のためという顔で、勝手に相手の答えを決めていた。

居間へ戻ると、熊は今度は私を向いていた。

「ずるいな」

私が言うと、兄が初めて笑った。

私は、来なかったことを謝った。

兄は、来るなと言い続けたことを謝った。

熊は二人の間で正面を向いた。

家を出る前、どちらが熊を持つかでまた揉めた。

すると熊は、玄関の段ボールへ自分から倒れ込んだ。寄付する玩具の箱だった。

数週間後、児童館から写真が届いた。

熊は二人の子どもの間に座り、片方を向いていた。

私は兄へ写真を送り、「誰かが謝る番らしい」と書いた。

返事はすぐ来た。

「次に会ったら、先に謝った方が熊を取り戻せることにしよう」

母はいない。

それでも私たちは、熊が正面を向くまで話す習慣だけを、ようやく受け継いだ。