父の謝罪会見は台所で
父が自己破産をすると告げた夜、食卓にはなぜかマイク代わりの胡椒入れが置かれていた。
「本日は、私の経営判断により家族へ多大な――」
「会見みたいに言わないで」
母が止めた。
父の家具修理店は、赤字を隠したまま借入れを重ねていた。家族には「来月には戻る」と言い続け、届いた封筒を工具箱の底へ押し込んだ。
「全責任は私にある。よって家を出て――」
「責任を取るって、家族から退場すること?」
高校生の娘が胡椒入れを取り上げた。
「でも俺がいると、迷惑が」
「もう迷惑はかかってる」
大学生の息子が言った。
「だからって、片づけまで母さんに押しつけて消えるのは、責任じゃなく逃亡」
父は台本を閉じた。
「では、どうすればいい」
「まず、全部見せる」
母は請求書の束を食卓へ出した。金額を確認するたび、娘はため息をつき、息子は何度も眼鏡を外した。
「怒っていいか」
息子が尋ねた。
「もちろん」
「店を守るためって言いながら、家族には相談しなかったのが一番むかつく」
「うん」
「私の学費を心配したふりで、勝手にローンを増やしたのも」
「うん」
父は言い訳をしなかった。
その晩、四人で新しい規則を作った。
〈封筒を隠さない〉
〈「大丈夫」を数字なしで使わない〉
〈子どもの貯金で穴埋めしない〉
〈怒っている人へ、すぐ許しを求めない〉
翌月、店は閉めた。自宅も手放し、家族は二部屋の賃貸へ移った。
父は修理工場へ雇われ、母は古い家具をネットで売る仕事を始めた。娘の机は小さくなり、息子は寮へ入った。
最初の日曜、父が狭い台所で炒飯を焦がした。
「経営判断を誤りました」
胡椒入れを持って頭を下げると、母が笑った。
「再発防止策は?」
「次から火を弱めます」
「承認」
借金が消えれば、失った信用まで元通りになるわけではない。
父は今も、買い物ひとつ相談しすぎる。家族も、時々うんざりする。
それでも食卓では、誰か一人の会見ではなく、四人の質問が続くようになった。
再出発の最初に必要だったのは、立派な謝罪ではない。
胡椒入れを置き、台本なしで話すことだった。