片方だけのペダル
六時間目の途中から降り出した雨は、下校時刻にはきれいに上がっていた。濡れた通学路が西日を跳ね返し、どこを見てもまぶしかった。
自転車置き場で、私の後輪はぺしゃんこになっていた。
「宮前、画びょうじゃない?」
しゃがみこんだ私の隣で、栗栖湊生がタイヤを押した。ふにゃりと沈むゴムを見て、私はため息をつく。次のバスは四十分後。駅まで歩けば、乗りたい電車には間に合わない。
「後ろ、乗る?」
湊生は自分の荷台を親指で示した。
「二人乗り、怒られるよ」
「だから先生の家の前だけ降りて」
「そこだけ?」
「交番の前も」
結局、私は荷台に横向きに座った。制服のスカートを押さえ、彼のシャツをつまむ。走り出した瞬間、前輪が水たまりを切って、私たちは同時に声を上げた。
背中越しに伝わる息づかいは、いつもの教室よりずっと近い。坂道で速度が落ちるたび、湊生の肩が左右に揺れた。
「重い?」
「教科書が」
「私じゃなくて?」
「絃葉は、まあ、誤差」
腹が立って、背中を軽く叩く。その拍子に自転車がふらつき、今度は二人で笑った。
小学生の頃にも一度だけ、同じ道を二人乗りしたことがあった。あのときは私が前で、湊生が後ろだった。曲がり角で転び、二人とも膝を擦りむいた。それ以来、彼は自転車に乗るときだけ妙に慎重になった。今日の背中が頼もしく見えるのは、私たちが大きくなったからなのか、それとも位置が入れ替わったせいなのか、判断できなかった。
駅の時計が見えたとき、発車ベルが鳴り始めた。湊生は最後の坂を立ちこぎで上り、私は荷台から飛び降りた。改札へ走る私に、彼が後ろから鞄を投げる。扉が閉まる直前、どうにか滑り込めた。
窓越しに、湊生が片手を上げる。私は曇ったガラスに指で丸を書き、その中に小さく「ありがと」と書いた。
電車が動き出す。ホームの彼が見えなくなる寸前、口が動いた。
――明日も送る。
そう読めた気がした。
翌朝、修理した自転車を押して家を出た私は、角を曲がる手前で一度だけ立ち止まった。
そして空気の入った後輪を、少しだけ恨んだ。