牡蠣の皿より重い返事
冬至晩餐会の主菜は、牡蠣のクリーム煮だった。
エメリーは銀匙を持ったまま、湯気だけを見つめた。幼い頃、牡蠣を食べて高熱を出したことがある。だが主催者のリュシエンヌ侯爵夫人は、今夜の献立を南方文化への敬意だと誇っていた。残せば、田舎育ちの無作法と笑われる。
隣席のバシュレイ大公が、彼女の皿を一度見た。
「下げろ」
声は低く、広間の会話が止まった。大公は国境反乱を三日で鎮め、降伏した諸侯に一度も笑わなかった男である。
給仕長が青ざめる。
「ですが、全席同じものを――」
「彼女は食べない」
代わりに運ばれたのは、塩で焼いた鶉と根菜だった。添えられた赤蕪は、エメリーが秋の昼食で一度だけ「甘くて好き」と言ったものだ。
「覚えていらしたのですか」
「忘れる必要がない」
バシュレイは自分の牡蠣には手をつけたまま、彼女の皿へソースが飛んでいないかだけ確かめた。特別扱いを見せつけるような笑みも、礼を求める視線もない。
食後、侯爵夫人が立ち上がった。
「皆さまへ吉報です。大公殿下とエメリー嬢の婚約が、今夜ここに整います」
楽団が祝曲を奏で、侍従が指輪箱を運ぶ。エメリーには何も知らされていなかった。
「お待ちください。私は、まだ返事をしていません」
侯爵夫人の口元が固まる。
「大公殿下にこれほど庇護されて、断るおつもり?」
「庇護と婚約は別です」
言い切った途端、広間中が息を呑んだ。
バシュレイは指輪箱を閉じた。
「そのとおりだ」
「ですが殿下、皆が発表を待っております」
「待たせた者が謝れ。彼女ではない」
大公はエメリーへ向き直る。
「帰るか。甘味まで残るか」
「栗の菓子を食べてから帰りたいです」
「そうしろ」
侯爵夫人がなお、社交界の面目を訴える。バシュレイは祝杯用の鐘を伏せ、全員へ告げた。
「今夜、婚約は成立しない。牡蠣の皿を下げたことも、私が彼女を望むことも、同意の代わりにはならない」
そして指輪を自分の懐へ戻した。
厨房長は全皿から牡蠣を外すべきか尋ねた。バシュレイはエメリーを見る。
「私の皿だけで十分です。他の方の料理まで変えなくていいです」
「聞いたな」
大公は守る範囲まで彼女に決めさせ、自分の威圧で宴全体を塗り替えなかった。
「エメリーの返事は、エメリーだけが決める」