王冠は一つしかない

 ヴェルカ王は、銀の仮面を外さなかった。

 十六年前、宮殿を焼いた反乱で顔を失ったからだと、国民は教えられている。私は侍医として毎朝その脈を取り、傷口へ薬を塗った。

 妙なことはあった。

 王はある朝には左肩が上がらず、翌朝には剣を振れた。葡萄酒を嫌う日もあれば、杯を空にする日もある。古い戦場の話を細部まで語ったかと思うと、次の日には将軍の名さえ間違えた。

「王務は、人を別人にする」

 宰相は笑った。私も疲労のせいだと思うことにした。

 冬至の宴で、王が倒れた。

 唇は青く、呼吸は途切れ、毒消しも効かなかった。夜半、私は脈が完全に止まったことを確かめた。宰相は寝台の帳を閉じ、夜明けまで口外するなと命じた。

 ところが翌朝、王は大広間に現れた。

 銀の仮面、黒い外套、右手の王笏。昨夜の毒などなかったように、反逆者を処刑すると宣言した。廷臣は「不死の王」と叫び、ひざまずいた。

 私はひざまずけなかった。

 亡骸を確かめようと寝室へ戻ると、寝台は空だった。床に残る車輪の跡を追い、壁裏の通路へ入った。行き着いた先には、もう一つの寝室があった。

 同じ衣装。同じ銀の仮面。同じ背丈の男。

 ただし、一人は寝台で死に、もう一人は鏡の前で王笏を握っていた。

「兄は夜を受け持った」

 生きている男が言った。

「私は昼を。兄は軍を知り、私は法を学んだ。反乱の夜、父は王子を一人失ったことにした。二人で一人の王なら、眠らず国を守れると」

 十六年間、食事も会議も戦場も、兄弟は仮面の下で交代していた。私が診た傷の位置も、好みも、記憶も、日ごとに違って当然だった。

「では昨夜、死んだのは王ですか」

「王は今朝、広間に立った」

 その答えを聞いたとき、私は毒を盛った者の狙いを理解した。犯人は一人を殺したのではない。王という役から、片方だけを引きずり出したのだ。

 正午、鐘が鳴った。国民は、毒に勝った不死の王を讃えた。

 私は死亡記録の氏名欄を空白にした。

 王冠は一つしかない。

 だからこの国では、その下に男が二人いたことも、死者が一人出たことも、公式には存在しなかった。