王家の青印は二度押されない

王城の大舞踏室で、楽団が最後の和音を伸ばしたとき、第二王子ダリウスはアデルシアの手を振り払った。

「救済基金三万枚を横領した女を、未来の王族にはできない。今ここで婚約を破棄する」

ざわめきの中央へ、青い封蝋の送金命令書が掲げられる。確かに印影は、アデルシアが管理していた王家の青印だった。

三か月、彼女は泥に沈んだ村を歩き、橋材一本の値まで削って基金を守ってきた。それを知る者ほど目を伏せ、知らない者ほど「冷酷な悪役令嬢ならやりかねない」と囁いた。ダリウスは、その沈黙を有罪の拍手だと受け取った。

彼女は泣かなかった。扇を閉じ、ただ一度だけ尋ねた。

「殿下は、その命令書が本物だと断言なさいますか」

「何度でも断言する」

「では、私から申し開きはありません」

勝ち誇るダリウスの前へ、財務監察公ヴァルグレンが進み出た。彼は誰にも頭を下げず、腰に下げていた薄い水晶板を卓上へ置いた。

王家の青印盤。青印が押された日時と、印に魔力を通した者を一度だけ映す、国庫唯一の記録具である。

命令書を載せると、板の中に星の列が走った。

――冬月十八日、第二鐘。

――行使魔力、ダリウス・アルネシア。

大広間から音が消えた。

アデルシアの名は、どこにもなかった。救済基金を自分の遊興口座へ移したのは、彼女を断罪した本人だった。

「違う、印は彼女が管理していた。つまり管理責任は――」

「本物だと、何度でも断言なさいましたね」

アデルシアが静かに返すと、ダリウスの喉が詰まった。

やがて彼は声を落とした。

「婚約破棄は撤回する。お前なら、この程度の失敗を支えられるだろう」

その言葉に、初めてアデルシアは笑った。

「私は国を支える教育を受けました。横領者を支える教育ではございません」

指から婚約指輪を抜き、命令書の上へ置く。背後ではなく、正面からダリウスに背を向けた。

ヴァルグレンは何も約束せず、ただ出口へ向かう手を差し出していた。

アデルシアは自分の足で一歩を踏み出し、その手を取った。