王都を耕さない鋤
「死んだ土地だ。好きに朽ちろ」
王宮の地術師だったレグナに与えられたのは、辺境の灰色野原と、納屋に転がる一本の鋤だった。刃には《土ほどき》と刻まれている。王都では笑いものだった農具だ。岩盤も城壁も砕けず、ただ土を柔らかくするだけ。
だが、レグナは初日の仕事を畑一列と決めた。
鋤を差し込む。重いはずの柄が、手の形にすっと馴染んだ。押すと、刃の先から淡い金の線が走る。石は左右へ転がり、絡みついた根は傷つかずにほどけ、黒ずんだ土だけがふわりと盛り上がった。
三歩目で、地面から紫の火花が弾けた。
この土地を枯らしていた古い呪印だった。城を壊せない鋤は、土を苦しめるものだけを見分けて砕いた。十歩、二十歩。最後の一押しで呪印は粉になり、雨の前のような濃い匂いが立ちのぼる。
一列だけだった。けれど、その一列は王都の庭園より柔らかく、指を入れれば温かかった。
王宮では、土に触れるのは下働きの役目だった。レグナは高い塔から広大な農園へ命令を飛ばし、失敗すれば術式の数値を責められた。今は膝に泥がつき、掌には鋤の豆ができている。それが妙に誇らしい。
彼は畝の端へ、持ってきた蕪の種を三粒だけ置いた。植えるのは明日だ。今日の勝利を欲張って、次の仕事まで奪う必要はない。
日が沈むころ、レグナは焚き火に小鍋を掛けた。干し肉の脂がじゅっと鳴り、刻んだ玉葱が透き通る。ほどいた土の匂いと、煮込みの湯気が混ざった。
そこへ白い伝書鳥が降り、赤い封蝋の手紙を落とした。
『王都の農園、原因不明の枯死。至急帰還せよ』
表書きだけで用件は読めた。命令口調も昔のままだ。
レグナは封を切らず、手紙を裏返して鍋敷きの下へ差し込んだ。傾いていた食卓が、ちょうど水平になる。
「明日は、隣の一列だ」
ひと匙すくう。湯気の向こうで、今日ほどいた土が夜露を吸っていた。
王都を救う相談より先に、彼は熱い夕食をふうふう冷ました。遠くで夜鳥が鳴き、鋤の刃には新しい月が細く映っていた。