王都一硬い魔猪
宮廷料理人の試験台に置かれたのは、刃を弾くことで有名な鎧魔猪の腿肉だった。
明日の建国祭では、北境公が討ち取ったその魔猪を主役にする予定だった。しかし昨夜から煮た試作品でさえ、王家のナイフが欠けた。失敗すれば肉料理そのものが献立から消え、総料理長の面目も潰れる。臨時雇いの圭だけが、責任を押しつけるため試験へ呼ばれていた。
「煮込むなら三日。試験は日没までだ」
総料理長バルドは、転移者の相良圭へ欠けた包丁を投げた。周囲の候補者が笑う。彼らは高価な火魔石を積み、肉を力ずくで柔らかくしようとしていた。
圭は火を起こさなかった。倉庫から、酸っぱすぎて家畜も嫌う針冠果を一つもらう。果肉を潰し、まず端肉の半分だけに塗った。もう半分は比較用に残す。薄く切った腿肉にも果汁を薄く延ばし、砂時計を返した。
前世で安い肉を柔らかくするため覚えた知識だった。だが圭は理屈を語らず、塗った端肉を指で曲げる。時間とともに、張りつめていた筋が少しずつしなる。その変化を見ていた下働きたちから、笑いが消えた。
「果物で魔猪が倒せるものか」
バルドの嘲笑にも、圭は答えない。二十分後、果肉を拭い、塩を振って鉄板へ置いた。じゅっと脂が鳴り、甘い香りが試験場を横切った。
焼き上がった肉に、圭は銀の匙を立てる。匙は抵抗なく沈んだ。
王女付きの侍女が一切れを口へ運ぶ。噛んだ瞬間、目を見開いた。筋はほどけ、肉汁だけが舌に残る。比較用の肉も同じ鉄板で焼かれたが、そちらは二度噛んだところで顎が止まった。皿の上には、果実を塗ったかどうかという一つの差しかない。
匂いを心配した侍女がもう一度嗅ぐ。酸味は熱で飛び、残っているのは焼けた脂と塩の香りだけだった。
「三日煮た肉より柔らかい……」
圭が使ったのは、果実の酵素が肉のたんぱく質をほどくという知識だけだった。説明する代わりに、もう一枚を焼く。今度は厚切りだったが、ナイフは重みだけで通った。
火魔石を使い切った候補者たちの鍋では、肉が縮み、灰色の塊になっている。
バルドは無言で自分の皿を差し出した。圭は最後の一切れを載せる。
総料理長はそれを食べ、壁に掛けていた採用札を外した。
「明日の建国祭、鎧魔猪百人前。任せられるな」
圭がうなずくと、札は試験台ではなく、宮廷料理人の名簿の一番上に掛け直された。