琥珀色の三軒目

 蜂須賀紗誉は、休日になると予定を詰める癖があった。

 洗濯、買い物、歯科検診。空いた時間にも「せっかくの休みだから」と何かを入れる。今週の日曜には、前から気になっていた純喫茶を三軒巡る計画を立てた。

 一軒目では深煎りの珈琲を飲み、壁の振り子時計を写真に撮った。二軒目では卵サンドを半分だけ食べ、次の店までの最短経路を確認した。十一時二十分、予定より十分遅れて三軒目の「喫茶こはく」へ入った。

 店内には、濃い緑の椅子が六脚。窓辺には古いラジオがあり、低い音でジャズが流れている。白髪の店主が水を置いた。

「珈琲でよろしいですか」

「はい。少し早めにお願いします」

 言ってから、喫茶店で急かすのは妙だと思った。

 店主は嫌な顔をせず、豆を挽いた。ごり、ごり、と音がする。湯を細く注ぐと、粉がふくらみ、焦げた木のような香りが店へ広がった。

「このあとご予定が?」

「もう一軒、候補があって」

「三軒目なのに、四軒目を考えている顔ですね」

 紗誉は図星を指され、笑った。

 珈琲は琥珀色の硝子カップで出てきた。熱いので、すぐには飲めない。待つあいだ、紗誉は窓の外を見た。向かいの靴店がシャッターを半分開け、店主らしい女性が植木鉢へ水をやっている。通りを自転車が一台だけ過ぎた。

 一口飲む。苦みのあとに、少しだけ甘い香りが残った。

「冷めると味が変わりますよ」

 店主が言う。

 紗誉は時計を見かけ、やめた。

 ラジオの曲が二つ終わるまで、同じ席にいた。四軒目へ行く時間はなくなったが、不思議と損をした気はしなかった。手帳には店ごとの点数を書くつもりだったが、三軒目の欄へ〈窓辺。二曲。珈琲が冷めるまで〉とだけ記した。

 会計をすると、店主が小さなマッチ箱をくれた。もう煙草には使わない店名入りのものだという。

 外へ出ると、春の日差しが舗道を温めていた。コートの襟には珈琲の香りが残り、ポケットの中でマッチ箱が軽く鳴った。

 次の休日も店を巡るかもしれない。ただし今度は、二軒目を決めずに出かけようと紗誉は思った。