痛みを返す日

雨森朔人が最初に機械へ替えたのは、焼け落ちた右腕だった。次が肺、その次が皮膚、最後に痛覚神経。消防局の補助AIは、彼を「高熱環境活動に最適化された救助員」と評価した。

熱を感じない身体は便利だった。鉄扉を素手で押し、煙の中を走り、瓦礫の下へ潜った。表彰状が増えるほど、娘の澄んだ目は曇った。以前は二人で花火を見て、火の粉が落ちるたび一緒に肩をすくめた。今の朔人には炎が危険度別の色でしか見えず、娘が怖がって腕へしがみついても、接触通知が出るまで気づかなかった。

「お父さん、熱いって言わなくなったね」

食卓で朔人は、沸騰したスープをそのまま口へ運んだ。温度警告は視界に出ていたが、舌は傷つかない。娘がこぼしたカップを拾うときも、彼女の指が震えていることに気づけなかった。恐怖は数値では表示されなかった。

冬の夜、集合住宅で火災が起きた。最上階に子どもが残っていた。補助AIは、梁の崩落まで十二秒、救出成功率一八パーセントと告げた。

「進入を禁止します」

視界には《救助対象一名》とだけ表示された。名前も、待っている家族もない。成功率の低い一件として切り捨てれば、朔人の勤務評価は下がらない。

朔人は足を止めた。以前なら迷わなかった。だが階段の奥から、かすかな声がした。

「お父さん」

自分を呼んだのではない。それでも、食卓で震えていた娘の指を思い出した。朔人は制御を切り、炎へ入った。梁が肩を砕き、警告が赤く染まった。痛みはなかった。ただ、抱き上げた子どもの心臓だけが、胸板を通して必死に叩いていた。

退院の日、朔人は医師へ痛覚の再接続を頼んだ。

「救助効率が落ちます。幻肢痛も戻りますよ」

「戻してほしいんです。痛みは、壊れた場所を知らせるだけじゃない。誰かが怖がっていると想像する入口だった」

数週間後、娘が彼の包帯を巻き直した。少しきつく締められ、朔人は思わず顔をしかめた。

娘は驚き、それから笑った。

「痛い?」

「ああ。ちゃんと痛い」

その答えを、朔人はどの表彰状より誇らしく思った。