白い袖を結ぶ

葦原汐路は、母の衣装箱から白いカーディガンを取り出した。

襟元に小さな黄ばみがある。二十歳の誕生日に母が買い、「汐ちゃんは白がいちばん似合う」と言って、黒い服を着るたび持たせたものだった。母が亡くなったあと、父はそれを形見にしろと言った。

「お母さんが選んだ服だぞ」

電話口の父の声を聞きながら、汐路は床に三つの袋を並べた。残す、捨てる、寄付する。カーディガンは何度置き直しても、残す袋の中だけで息苦しそうに見えた。

「着ないなら、しまっておけばいい」

「しまっておく場所も、私の部屋だから」

父はしばらく黙った。母の服を処分する話になると、いつも汐路が薄情な娘にされる。母が生きていたころも、白を嫌がるたび「せっかく選んだのに」と言われた。同じ言葉が、死後はもっと重くなった。

高校の卒業式にも、母は制服の上へこのカーディガンを着せようとした。写真に残るから、と。汐路が紺のコートを選ぶと、母は式が終わるまで口をきかなかった。布に染みついているのは母の匂いより、選ばなかった罰のほうだった。

寄付先の申込欄には〈思い入れのある品ですか〉という問いがあった。汐路は〈はい〉に丸をつけた。思い入れがあることと、持ち続けることは別だった。

汐路は袖を通してみた。肩がきつい。鏡の中には、母の望んだ娘の輪郭だけが残っていた。

「ボタンを一つ取っておけ」と父が言った。

汐路は糸切りばさみを手にしたが、すぐ置いた。一部を残せば納得できるとは限らない。形見は、切り分ければ軽くなる荷物ではなかった。

「これは寄付する。写真も送らない。お父さんが残したいなら、次から自分で保管して」

父は「分かった」とは言わなかった。ただ、「箱はいつ引き取られる」と尋ねた。

「明日の午前」

「そうか」

通話が終わったあと、汐路はカーディガンを洗い、乾かし、寄付袋へ畳んだ。嫌いだったから乱暴に捨てるのではない。誰かが自分で選んで着られる場所へ渡すのだ。

袋の口を結ぶと、白い袖は見えなくなった。汐路は黒いセーターを着たまま、集荷伝票に自分の名前を書いた。