白衣の席順

保護者懇談会の席で、鴻池森麗美は名札を一枚ずらした。

「久世ヶ浜さんは後ろでいいでしょう? うちの夫、青嶺総合病院の循環器科部長だから、校医の先生と話があるの」

久世ヶ浜織乃は、前列に置かれていた自分の名札を見てから、黙って後ろへ座った。

麗美は夫の年収、当直回数、学会出張を一通り語った。織乃の夫について尋ねると、「病院関係」とだけ答えたのが気に入らなかったらしい。

「事務方? 医療って、資格がないと肩身が狭いでしょう。うちは次の副院長候補なの」

懇談会の後半、学校と青嶺医療グループによる小児救急講座の調印式が始まった。校長が来賓を迎えるため入口へ向かう。

麗美も立ち上がり、夫の塩見谷隆彦へ手を振った。

白衣姿の隆彦は妻を見つけたが、その前を通り過ぎ、織乃の隣へ来た男性へ深く頭を下げた。

「久世ヶ浜理事長、本日はありがとうございます」

織乃の夫・久世ヶ浜宗璃は、青嶺総合病院を含む十二病院の医療法人理事長だった。臨床現場を離れないため、週の半分は救急医として勤務している。織乃が「病院関係」としか言わなかったのは、肩書を保護者会へ持ち込む必要がないと思っていたからだ。

大型画面に新しい救急基金の概要が映る。宗璃の個人寄付を原資に、夜間診療と医療費支援を整える計画だった。

麗美は顔をこわばらせながら夫へ囁いた。

「理事長って、先月替わった人?」

隆彦は小声で答えた。

「三年前からだ。僕の人事面談をする方だよ」

麗美は急に織乃の手を取った。

「私、席を譲っただけなの。次の副院長のことも、家ではいつも――」

宗璃が資料を閉じた。

「副院長候補は公募です。家庭で決められる役職ではありません」

隆彦は耳まで赤くなり、妻が学校で自分の肩書を使っていたことを詫びた。麗美が勝手に配った〈副院長夫人〉名義の名刺も、その場で回収された。

校長が調印者用の前列席へ織乃夫妻を案内する。

最初にずらされた織乃の名札が中央へ戻され、麗美の夫が理事長へ一礼した瞬間、夫の白衣で席順を決めていた麗美だけが、自分の家の本当の席順を知った。