百二十個目の餃子

 父の古希祝いに、家族四人で餃子を百二十個包むことになった。

「多すぎない?」

 兄が言うと、母は皮の山を指した。

「余ったら冷凍。話が余ったら今日する」

 実家の片づけで、妹は古い菓子缶を見つけていた。蓋には〈修学旅行積立 三万円〉。二十五年前、突然なくなり、中学生だった兄が盗んだと疑われた金だ。

 父は兄の机をひっくり返し、大切にしていた模型飛行機まで壊した。兄は何も知らないと泣き、妹は隣の部屋で黙っていた。

「取ったの、私」

 餃子の皮が一枚、兄の指から落ちた。

 十六歳だった妹は、東京のバンド審査へ行く旅費が欲しかった。落選し、家へ戻り、言い出せないまま大人になった。

「これ、利息つき」

 差し出した封筒を、兄は受け取らなかった。

「金の話だけ?」

 妹はうつむいた。

「お兄ちゃんが怒られてる間、黙ってた。ごめん」

 父も餡のついた手を止めた。

「俺も謝る」

 数年後、地方紙の古い記事で妹の審査番号を見つけ、真相に気づいていたという。

「どうして兄ちゃんに言わなかったの」

「間違えたと認めるのが怖かった」

「父親のほうが子どもじゃん」

 兄は笑わなかった。

 母が皮を三十枚ずつ配った。

「一回謝って終わりにする人は十個。黙っていた年数を考える人は、残り全部」

「母さんは何もないの?」

「二人が変だと気づいていたのに、問い直さなかった」

 母も餃子を包み始めた。

 百二十個目を閉じたころ、兄が押し入れから箱を出した。二十五年前に壊されたものと同じ模型飛行機だった。妹が数年前に買い、渡せず置いていった品だ。

「作る?」

 妹が尋ねた。

「許したわけじゃない」

「うん」

「でも一人だと面倒だ」

 父が工具箱を持ってきた。

「俺も手伝う」

「父さんはまず餃子を焼いて。焦がしたら罪が増える」

 食卓で、最初の一皿は少し破れた。餡がはみ出し、形も揃っていない。

 兄は一つ食べ、封筒を妹へ押し返した。

「金は、模型の塗料代に使え。話の続きは、完成するまで聞く」

 過去は包み直せない。

 けれど家族は、破れたところからこぼれたものを、同じ食卓で拾い直すことはできた。