相続会議_山は欠席
相続会議、山は欠席
父の遺産は、預金二十八万円と、十四ヘクタールの山だった。
「売って三等分」
長兄が言うと、地元に残った妹が資料を投げた。
「買い手なし。境界不明。倒木あり。管理費は毎年かかる」
末弟は山の写真を見た。
「子どものころ、栗拾いしたよね」
「思い出で草刈りはできない」
三人の相続会議は、山を一度も見ずに険悪になった。父の葬儀より、声を荒らげた。
測量士から、所有者の立ち会いが必要だと言われ、仕方なく三人で登った。林道は途中で崩れ、末弟の靴は泥に沈み、長兄は十分で帰ると言い出した。
「財産というより罰ゲームだ」
妹が笑った。
杉林の奥に、錆びた看板があった。
〈泉まで二百メートル。足元注意〉
父の字だった。
道をたどると、小さな湧き水があり、瓶を持った老女と出会った。
「お父さん、毎月ここを掃除してたよ。山を守るなんて大げさなことは言わず、近所が水をくめる道だけ残すって」
三人は初めて聞いた。
父は家では、山の話をほとんどしなかった。子どもに継がせるとも、守れとも言わなかった。
「なら、遺言に書けばいいのに」
長兄が吐き捨てると、妹が答えた。
「書いたら、命令になると思ったんじゃない?」
帰り道、倒木が道をふさいでいた。
三人で枝を引いた。長兄が持ち上げ、妹が鋸を使い、末弟が足元の石をどけた。子どものころ、父に連れられて薪を運んだときと同じ並びになった。
山をそのまま三人で抱えることはしなかった。
危険な斜面は森林組合へ管理を頼み、伐採収入を費用へ回す。湧き水までの一角は地域の共有林へ移す。残る土地は、三人が年に一度、維持方法を話し合うことにした。
「売って終わりより面倒だな」
「全部守るよりは現実的」
「会議には山も呼ぼう」
翌年の相続会議は、泉のそばで開いた。
議題は草刈りと、長兄が持ってきた弁当の味だった。
父が遺した山は、価値のある財産ではなかった。
けれど三人が、机の上の数字だけで互いを切り分けず、同じ坂を登って話す理由にはなった。