盾を持たない盾役

王立学院の最終試験で、ノアセルだけが盾を持たずに円陣へ入った。

背後には治癒科のミュリエがいる。実技が苦手で、詠唱のたびに声が震える少女だ。試験官は二人を見比べ、わざと観覧席へ聞こえる声で言った。

「攻撃技能なしの落ちこぼれが、治癒も遅い仲間を守るのか。失敗例としては申し分ない」

ノアセルは三年間、攻撃評価の欄に零を並べてきた。模擬戦では敵を一人も倒さず、守った回数は採点項目にさえなかった。訓練後、破れた制服を黙って縫ってくれたのがミュリエだった。彼女だけは、誰が皆を無傷で帰していたか知っている。

合格条件は一分間、標的役を無傷で守ること。だが試験官は開始の鐘と同時に、上級生へ許可される雷槍を構えた。ミュリエが逃げようとすると、ノアセルは片手を横へ伸ばした。

「そこにいて。君が動く必要はない」

ミュリエはせめて補助魔法を、と杖を上げた。だがノアセルは首を振る。『魔力は試験のあとに残して。倒れた人が出たら、君の仕事になる』。自分が倒れる可能性だけを数えていない言葉に、観覧席の笑いが一度途切れた。

雷槍が放たれた。轟音と白煙が円陣を呑み、床石が観覧席まで跳ねた。歓声を上げかけた試験官は、足元の記録紙を見て黙った。

標的への衝撃――零。

計器の故障だと思った。だが煙の中から、ミュリエの小さなくしゃみが聞こえた。怯えた声ではない。舞い上がった埃に反応しただけの、間の抜けたくしゃみだった。

煙が晴れる。ノアセルは右手を伸ばした同じ姿勢で立ち、背後のミュリエは杖を胸に抱えていた。ノアセルの制服も、彼女の髪飾りも焦げていない。床だけが二人を避けるように抉れていた。

「障壁具を隠したな!」

試験官は面子を守るため、学院長の制止を無視した。家宝の水晶槍を取り出し、雷を十重に束ねる。城門を一撃で穿つ《獄雷穿》だ。

「不正なら、これで剥がれる!」

ノアセルは振り向かず、ミュリエへ尋ねた。

「怖い?」

「……いいえ。あなたの後ろですから」

二撃目が落ちた。光が消え、煙が裂けても、ノアセルは同じ姿勢だった。試験官が異常を理解したのは、握った手へ細かな振動が返ったときだ。

水晶槍は穂先から柄まで、音を立てて砕けた。