社員番号で呼ぶ朝
戸籍に載った呼び方を声に出すと、呼ばれた本人の寿命が一日減る。姓だけでも名だけでも同じなので、東港システムでは社員番号で呼び合う。国東慧は四二七番、隣席の五月女千紘は四三一番だった。
「四二七、見積もりの桁、ひとつ多い」
「四三一こそ、昼休みを二十分超えてる」
入社して三年、慧は彼女の名前を一度も口にしていない。名前は名札で読み、メールで打ち、飲み会の席札で確認するものだった。誕生日ケーキにも「四三一、おめでとう」と書き、風邪で休んだ日には「四三一の鉢植えに水を」と連絡した。大切な相手ほど番号が滑らかになる。
二人で終電を逃した夜も、駅前のベンチで四二七と四三一のままだった。彼女が貸した紺色のマフラーには、洗濯表示の裏へ名前が縫いつけてあったが、慧は指でなぞるだけにした。
四三一が退職する金曜、送別会でも全員が番号で乾杯した。花束の札だけに、五月女千紘様、と黒い文字があった。彼女はそれを指で隠し、慧に屋上へ来るよう目で合図した。
「来月、札幌へ行く。転職先は番号制じゃないけど、あだ名を登録するらしい」
「そう」
「最後まで四三一?」
慧は返事を探した。彼女は笑い、先に言った。
「慧」
胸ポケットの寿命票が一枚だけ熱を持った。翌朝の日付が薄くなる。彼女は、人の一日を勝手に使った顔ではなく、缶コーヒーを一本奢ったような顔をしていた。
「これで貸し一日」
エレベーターが来た。彼女は花束を抱えて乗り込み、閉じる扉の隙間から手を振った。慧は普段なら四三一と呼ぶ距離で、初めてその音を選んだ。
「千紘」
彼女の胸元の寿命票も一枚、淡く透けた。驚いたあと、彼女は泣かずに親指を立てた。
月曜、四三一の机は片づいていた。電話機の横に、返却済みの社員証が一枚だけ残されていた。磁気部分には鋏で切れ目が入り、番号は読めなくなっている。
透明なケースの内側には、小さく折った付箋が挟まっていた。
「一日分、ちゃんと会いに来ること」
その下で、五月女千紘という印字だけが、誰かの体温を残したように曇っていた。