社員証は同じ大きさ
最終ベルが鳴ると、篠宮令佳の祖父が建てた工場は、五十六年の操業を終えた。
百二十人が正門を出ていく。令佳は一人ずつに頭を下げた。創業家の孫で次期社長と呼ばれる彼女に、怒鳴る者も、無視する者もいた。丹羽迅だけは、最後まで工場の中に残った。
迅は契約工から現場代表になり、この半年、閉鎖撤回を求めて令佳と何度も交渉した。彼女が数字を並べれば、彼は数字からこぼれた家族の名前を挙げた。会議では一度も笑わなかったのに、休憩室では壊れた自販機を蹴る令佳へ缶コーヒーを一本くれた。
「全員、帰りました」
「丹羽さんも、今日までです」
「分かっています」
令佳は胸の社員証を外し、机へ置いた。
「役職を外して、一つだけ言わせてください。あなたが好きです」
迅は驚かなかった。自分の社員証も外し、彼女の隣へ並べた。
「俺も好きでした」
「過去形にしないで」
「明日から俺は、あなたの会社に職を奪われた人間です。あなたは、閉鎖を決めた一族の人だ」
「私一人の決定ではありません」
「知っています。あなたが工場を残そうとしたことも。でも今付き合えば、仲間は俺が退職条件と引き換えにあなたへ近づいたと思う。あなたも、俺に愛されたことで、会社のしたことを許された気になるかもしれない」
否定したかった。けれど、どちらも絶対にないとは言えなかった。
「では、いつなら」
「俺があなたを篠宮専務ではなく令佳さんと呼べて、あなたが俺を失業者ではなく丹羽迅として見られる日が来たら」
「来ますか」
「分かりません。だから待たないでください」
迅は作業帽を机へ置き、扉へ向かった。
「好きだったことまで、なかったことにしないで」
令佳が言うと、彼は振り返った。
「それだけは、しません」
扉が閉まったあと、机には二枚の社員証が残った。同じ大きさの透明なカードだった。令佳のものは明日もすべての扉を開ける。迅のものは、もうどの扉も開けない。
告白は、その差を埋めなかった。
ただ二人がどれほど遠い場所から互いを見ていたのかを、最後に正しく知らせた。