祖母のハンカチは濡れていた

祖母は公共トイレを出る前に、必ず洗面台を拭いた。

蛇口の根元、鏡の下、濡れた縁。自分が飛ばした水だけでなく、初めからあった水滴まで、古いハンカチでぬぐった。

小学生だった私は、それが恥ずかしかった。

「掃除の人がやるでしょう」

「そうね。でも次の人は、掃除の人が来る前に使うかもしれないから」

祖母は笑い、濡れたハンカチを鞄の外ポケットへ入れた。

高校生になるころ、祖母は物忘れが増えた。私の学年を間違え、同じ話を繰り返し、やがて一人では外出できなくなった。

最後に二人で出かけた日、駅のトイレで祖母は手を洗ったあと、洗面台の前に立ち尽くした。

「何をするんだっけ」

私は急いでいた。電車も迫っていた。それでも祖母の鞄からハンカチを出し、手渡した。

祖母は水滴を拭きながら、安心した顔をした。

「次の人の袖が濡れないようにね」

その言葉だけは忘れていなかった。

葬儀から一週間後、私は同じ駅を使った。

洗面台は水でびしょびしょだった。いつもなら手を振って去るところを、鞄の中のハンカチを取り出した。祖母の遺品ではない。自分で買った、まだ新しい一枚だった。

鏡の下まで拭き終えると、後ろで小さな子どもが泣いていた。母親が赤ん坊を抱き、もう一人の子の手を洗わせようとしている。荷物も多く、片手しか空いていない。

乾いた洗面台へ鞄を置けた母親は、ようやく子どもの手を取った。

「よかった。ここ、濡れてない」

私が拭いたとは知らない声だった。

礼もいらなかった。祖母も、きっと何度もこうして、知られないまま誰かの袖や鞄を守っていたのだ。

トイレを出ると、ハンカチは重く濡れていた。

けれど不思議と、鞄は軽かった。

その日から私は、外出時にハンカチを二枚持つ。

一枚は自分の手を拭くため。

もう一枚は、まだ会っていない次の人のためだ。

半年後、駅の洗面台で水滴を拭いている少女を見た。母親が「急がないと電車に遅れるよ」と呼ぶと、少女は最後の一滴だけぬぐって走っていった。

私はその背中へ、声には出さず礼を言った。

祖母から私へ渡ったものが、もう私の知らないところでも続いていた。親切は、形見のように一人で持ち続けなくてよい。使うたび少しずつ手放され、そのたび誰かの習慣になっていく。